なものに思えた。――あのシャンマティユーが彼とまちがって捕えられたことは、いかなる宿命であろう、いかなるめぐり合わせであろう! 天が最初は彼を安全にせんがために用いたように見えるその方法によって、かえって急迫せられるとは!
彼はまたある瞬間には未来を考えることもあった。ああ、自首していで、自ら自分を引き渡すとは! 別れなければならないもの、再び取らなければならないもの、そのすべてを彼は無限の絶望で見守った。かくも善良で潔《きよ》らかで光輝ある生涯にも、人々の尊敬や名誉や自由にも、別れを告げなければならないだろう。もはや野を歩き回ることもないだろう。五月にさえずる鳥の声をきくこともないだろう。子供らに物を与えることもないだろう。自分の方に向けられた感謝と愛情とのやさしい目つきをも感ずることはないだろう。自ら建てたこの家、この室、この小さな室、それにも別れるだろう。彼はその時あらゆるものに心ひかれる思いをした。もはやこれらの書物を読むこともなく、この白木の小さな机の上で書き物をすることもないだろう。一人の召し使いである門番の老婆も、もはや朝の珈琲《コーヒー》を持ってきてくれることがないだろう。ああ、それらのものの代わりに、徒刑囚、首枷《くびかせ》、赤い上衣、足の鎖、疲労、監房、組み立て寝台、その他覚えのあるあらゆる恐ろしいもの! しかもこの年になって、かほどの者となった後に! まだ年でも若いのだったら! ああこの老年におよんで、だれからも貴様と呼び捨てにされ、牢番《ろうばん》に身体をあらためられ、看守の棍棒《こんぼう》をくらわされ、靴足袋《くつたび》もなしに鉄鋲《てつびょう》の靴をはき、鉄輪を検査する番人の金槌《かなづち》の下に朝晩足を差し出し、外からきた見物人には、「あれがモントルイュ[#「あれがモントルイュ」に傍点]・スュール[#「スュール」に傍点]・メールの市長であった有名なジャン[#「メールの市長であった有名なジャン」に傍点]・ヴァルジャンです[#「ヴァルジャンです」に傍点]。」と言われてその好奇な視線を受けるのか。晩には、汗まみれになり疲れはてて、緑の帽子を目深にかぶり、監視の者の笞《むち》の下に、海に浮かんだ徒刑場の梯子段《はしごだん》を二人ずつ上ってゆくのだ。おお何という惨《みじ》めなことだろう! 運命というものも、知力ある人間のごとくに悪意をいだき、人
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