四輪馬車代」に傍点]、駅馬車代[#「駅馬車代」に傍点]、及び教区巡回の費用として[#「及び教区巡回の費用として」に傍点]、司教へ支給[#「司教へ支給」に傍点]。
 その一事は市民の物議を醸《かも》した。そして革命第二月十八日に味方した五百人会の一人であって、現に帝国の上院議員でありディーニュの近くにりっぱな世襲財産を持っていた一人は、そのとき宗務大臣ビゴー・ド・プレアムヌー氏に宛《あて》て、不平満々たる内密な寸簡をしたためた。今ここにそのうちの信ずべき数行を引用してみよう。

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 「――四輪馬車代とや。人口四千をいでざる小都市において何ぞそを用いんや。駅馬車および巡回の費用とや。まず、かかる巡回の用いずこにある。次にかかる山間の地において、いかんぞ駅馬車を用ゆることを得《う》べき。道路と称すべきものなく、人はただ馬によりて行くのみ。シャトー・アルヌーへ至るデューランス河《がわ》の橋さえもほとんど牛車を支《ささ》うること能《あた》わじ。彼ら牧師輩は皆かくのごとく、貪慾《どんよく》飽くなきの徒なり。この司教も就任の初めにおいては善良なる使徒らしく振舞いたれども、今や他と異なる所なし。今や彼には四輪馬車を要し駅馬車を要す。以前の司教らの如く豪奢《ごうしゃ》を要す。おおこれらすべての司祭輩よ! 陛下がこれら緇衣《しい》の手より我らを解放せらるる時に非《あら》ずんば、伯爵よ、事みなそのよろしきを得じ。法王を仆《たお》せ!(そのころ万事が皆ローマと乖離《かいり》していたのである。)余はただ皇帝のためにのみ尽さんとするなり。云々《うんぬん》」
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 その代わりにこのことはマグロアールをひじょうに喜ばせた。彼女はバティスティーヌ嬢に言った。「けっこうなことでございます。閣下は他人のことからお初めなさいました。けれどやはりおしまいには御自身のことをなさらなければならなかったのです。慈善の方はすっかりもう定めてございます。それでこの三千リーヴルは私どものものでございますよ。」
 その晩に司教は、次のような覚え書きをしたためてそれを妹に渡した。

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  馬車と巡回との費用
施療院の患者に肉汁を与えるため……………千五百リーヴル
エークスの母の慈善会のため………………二百五十リーヴル
ドラギィニャンの母の慈善会のため………
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