た。その浜地に、彦一は身を曝してる感じがした。
潮が引けば、貝は口を閉じる。彦一も口を閉じて、一本松事件に触れることを避けた。
不用意に、ずいぶん危険な行動をしてきたものである。アパートに来るいろんな新聞をあさり読むばかりか、際どいことまで公言してしまった。単に好奇心からの推理だけだとは言えないものがあった。彼の表情を注視する者があったら、何等かの疑念を懐かないとは限らなかった。
捜査の手は伸びてるに違いなかった。少年の身元も詳しく洗われたことだろう。死体は解剖に附されたろう。そしてあの石には、彦一の指紋が残ってた筈だ。何か些細な遺留品でもありはしなかったろうか。あの時のことを瞥見した人目はなかったであろうか。
あの夜、彦一はしたたか酔っていた。その上にまた飲んだ。酔ってるのは珍らしくないとしても、あの夜は少しひどすぎた。そして深夜の帰宅。どこをどう歩き廻ったのか、自分でもよく覚えていなかった。アリバイは困難だろう。
然し、彦一自身は、冷静に反省してみても、あのことに対してさほど自責の念を覚えてるわけではなかった。
あれは、殺人ではない、と彼は感じた。また、彼は自殺幇助を罪
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