自殺する、そんなんじゃない。病人が次第に衰弱してゆくように、気力がじわじわ衰えて、いつしか死ぬ気になった。これが重大な点だ。立ち枯れする樹木と同じだ。こんな奴は、自殺しなくとも、どうせ死ぬ。
 あの一本松の沼のほとりに、彼は子供たちに交って、魚釣りなどにも出かけたに違いない。子鮒とか泥鰌とか、ろくなものはいないだろうが、大食いの懶け者には、手頃な時間つぶしだ。そして松の枝ぶりなどを眺めた。その枝ぶりが、愚かな頭の中に残っていて、首を縊ってぶら下るのに恰好だなどと、ぼんやり考えたのだろう。そして夜遅く、寝間着紐なんか懐に入れて、ふらりと出かけたんだ。自殺の決心とか覚悟とか、そんな気の利いたものがあるものか。遺書とかいうものも、きっといい加減なものだろう……。
 聞いていて、おばさんは、こんどは頬笑んだ。
「島野さん、まるで、小説家みたいね。」
 だが、そこに居合せた中年の止宿人は、不快そうな面持ちで、口を出した。
「然し、問題は、そんなことではなく、自殺か他殺かという点にあるんでしょう。」
 彦一は強い視線を相手に向けた。
「勿論、他殺でしょう。彼は死神にとっ憑かれたように、ぼんやりつっ
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