で、警官から導かれるまま、近くの警察派出所へおとなしくついて行った。
 数名の人々が後に続き、彦一も一番後からついて行った。
 派出所の中で、彼は前と同じようなことを数言怒鳴った。それきりで、もう口を利かなかった。彦一の方は見向きもしなかった。
 彼の身内の者らしい若い男と、町内の有力者らしい老人とが、警官にしきりと何やら釈明していた。一通りの調書を取られて、彼はその二人に守られ、先に立ってすたすた歩み去った。
 別に危険な狂人というわけではなかったのだ。家庭も裕福な方で、彼は謂わば隠居の身の上だった。
 事はそれで済んだ。葦の茂みのそばの燃やし火も直ちに消し止められていた。
 然し、田中さんは拘禁されてるわけではなく、葦はまだ茂っており、いつどういうことが起るか分らなかった。不安な空気が漂っていた。それで、警官や有力者の肝入りで、葦の茂みのある土地の所有者と談合の上、葦はすっかり刈り取られることになった。
 松の古木一本だけで、その下の方に、浅い泥沼が広がり、さっぱりした土地になった。
 少年の怪死事件は、いろんな謎を秘めて、未解決のまま残された。
 おれはまだ自由を欲する、と彦一は
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