です。」
彦一も草の中にはいっていった。
「落し物ですか。」
田中さんは棒で地面を突っついた。
「この辺にある筈だが……。」
そしてなおあちこち突っついて、呟いた。
「分らん。」
諦めたように、草の中にしゃがんで、尻を落ちつけてしまった。
彦一もそこに屈みこんだ。雑草は丈高く、薄荷の匂いがして、世間から遮断された感じで、空が青く高い。
田中さんは彦一の方へ眼を向けず、誰に言うのか分らない調子で言った。
「たいへん立派な、石の燈籠が、この辺にあって、地面に埋ってる筈です。その恰好といい、苔のつき工合といい、なかなか、ほかでは見られません。」
「地面に埋ってるんですか。」
「誰も盗んでいった者はない。私だけが知ってることです。」
「それじゃあ[#「それじゃあ」は底本では「それじやあ」]、空襲前には、あなたはここに住んでたんですか。」
「住んではいなかったが、私だけが知ってることで、誰にも分りゃしません。」
それきり、話が途切れた。田中さんは煙草を取り出し、彦一にも一本すすめた。
その煙草を、半分ばかり吸ってるうちに、彦一は突然、吐き出すように言い出した。
「あの一本松の、葦
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