立ってたんですよ。覚悟したわけでもなく、ただなんとなく死ぬ気でいる。いや、もう死んでたと言ってもいい。はっきりした自意識もなく、ただ、死ぬ気持ち……死気とでも言ったらいいでしょうか、その、死気に包まれて、暗がりにつっ立っていたんです。これは、不気味だとばかりは言えますまい。そんな奴に出合ったら、誰だって張り倒してやりたくなるに違いない。僕だってそうしますね。」
「それにしても、石で頭を打ち割るなんて、どういうもんですかね。」
「それは、時のはずみでしょう。」
「いくら時のはずみにしても、少し残酷すぎはしませんか。前から怨みでも含んでおればとにかく……。あなたの説によれば、犯人はただ通りがかりの者にすぎないことになりますね。」
「そうです。」
「すると、あの少年は、張り倒されたとたんに、自分から頭を石にぶっつけたとも見られますね。それも、倒れるはずみにですよ。そうすると、他殺とは言えませんね。」
「いや、僕は他殺説を執ります。」
 彦一は言い切って、不快そうに口を噤んでしまった。

 新聞の報道はだいたい二回きりで、途切れた。詳報も結論もなく、潮が引いたような工合で、空白な浜地だけが残った。その浜地に、彦一は身を曝してる感じがした。
 潮が引けば、貝は口を閉じる。彦一も口を閉じて、一本松事件に触れることを避けた。
 不用意に、ずいぶん危険な行動をしてきたものである。アパートに来るいろんな新聞をあさり読むばかりか、際どいことまで公言してしまった。単に好奇心からの推理だけだとは言えないものがあった。彼の表情を注視する者があったら、何等かの疑念を懐かないとは限らなかった。
 捜査の手は伸びてるに違いなかった。少年の身元も詳しく洗われたことだろう。死体は解剖に附されたろう。そしてあの石には、彦一の指紋が残ってた筈だ。何か些細な遺留品でもありはしなかったろうか。あの時のことを瞥見した人目はなかったであろうか。
 あの夜、彦一はしたたか酔っていた。その上にまた飲んだ。酔ってるのは珍らしくないとしても、あの夜は少しひどすぎた。そして深夜の帰宅。どこをどう歩き廻ったのか、自分でもよく覚えていなかった。アリバイは困難だろう。
 然し、彦一自身は、冷静に反省してみても、あのことに対してさほど自責の念を覚えてるわけではなかった。
 あれは、殺人ではない、と彼は感じた。また、彼は自殺幇助を罪
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