まってしまったんです。私たちははじめ腹《はら》をたてましたが、次《つぎ》にはおかしくなりました。そして狸《たぬき》にいいきかしてやりました。
「ばかだな、お前は……。ばけるものにことをかいて、汽車にばけるとはなんということだ。もし衝突《しょうとつ》でもしたら、お前はこなみじんになってしまうぞ。これから、もっと気のきいたものに、危《あぶな》くない者にばけるようにしろよ」
 そして、食《た》べ残《のこ》しの牛肉のきれをやって、はなしてやりました。狸《たぬき》は肉をもらって、頭《あたま》をぴょこぴょこさげながら、藪《やぶ》の中へはいっていきました。私たちはその後姿《うしろすがた》をみおくって、大|笑《わら》いをしながら、後《おく》らした時間《じかん》をとりかえすために、汽車を全速力《ぜんそくりょく》で走らせました。
 まったく、ばかな狸《たぬき》です。汽車にばけるなんて、よくそんな危《あぶな》っかしいことができたものです。むてっぽうにも程《ほど》がありますよ。



底本:「天狗笑い」晶文社
   1978(昭和53)年4月15日発行
入力:田中敬三
校正:川山隆
2006年12月31日作成
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