だが確かに、表の街路に女の足音がして、二度ほど戸が軽く叩かれた。周さんの言葉にも拘らず、千代乃さんじゃないか。それとも俺の錯覚か。あとはまたしいんとなった。
 二人は倦きもせず濁酒をあおり、精神は朦朧となりながら、ぽつりぽつり語った。
 俺はまた表の方を見やった。それにつれて、周さんも見やったが、何も感づかなかった。
 だが確かに、表の街路に女の足音がして、二度ほど戸が軽く叩かれた。千代乃さんじゃないか。それとも俺の錯覚か。あとはしいんとなった。
 なんとしたことか、周さんは卓子に顔を伏せて泣いていた。



底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1−13−25]・戯曲)」未来社
   1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「群像」
   1952(昭和27)年2月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.
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