罪でしょうか。ああ、千代乃が可哀そうです。そしてわたしも、可哀そうです。」
 周さんには、憤りと悲しみとが交々起って来るのだった。
 復讐、ということも周伍文は考えてみた。暴力を以てではなく、法廷に持ち出しての抗争。だが、それは全く見込みないことが分った。先刻来ていた中老の男は、張というひとで、周から相談を受けて、いろいろ研究してみた結果、全然だめだということになった。こちらに弱みがある上、先方の尻尾はどこも掴めなかった。そして単に自殺なのだ。
 張は仲間うちでの有力者で、こんどのことについて、周の一切の面倒をみてやった。周はもう土地に嫌気がさして、また横浜に立ち退くことになっていた。千代乃の葬式は簡単に済まし、横浜に移転してから改めて喪に服するつもりだった。
「ストック品が無くなったら、店を閉めて、横浜へ行きます。とにかく、商品は売らなければなりませんからね。千代乃の遺骨は、親戚のひとが持ってゆきました。荷物も持たせてやりました。金もやりました。もうわたし、一人きりです。」
 しいんとして、潮の引いた後のようだった。さほど寒くもないのに、周さんがやたらにつぐ火鉢の炭火が、徒らに赤々と
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