ってしまいますでしょう」
 王子はその言葉を聞かれると、何故《なぜ》ともなく非常に淋しく悲しくなられました。そして二人は長い間黙ったまま、悲しい思いに沈んでいました。月がだんだん昇ってきて、ちょうど真上になりました。
 その時、千草姫《ちぐさひめ》はふと頭を上げて月を見ました。「もうお別れする時が参《まい》りました。これを記念にさし上げますから、私と思って下さいまし」
 そう言って、千草姫は片方の腕輪《うでわ》を外《はず》して王子に与えました。
 その時、どこからともなくいろんな色の小鳥が出て来て、千草姫のまわりを飛び廻りました。王子はびっくりしてその小鳥を眺められました。
「これでお別れいたします」
 そういう声がしましたので、王子はふり返って見られると、もう千草姫の姿は見えないで、そこにまっ黒な大きい鳥がいました。くちばしに千草姫の片方の腕輪をくわえて、羽は皆|百合《ゆり》の花びらの形をしていました。
 その鳥は王子の方へ一つ頭を下げたかと思うと、もう翼を広げて飛び上がりました。王子は一生懸命にその尾《お》にすがりつかれますと、尾だけがぬけ落ちて王子の手に残りました。あたりの小鳥は悲しい声で鳴き立てましたが、もう森の精ではなくて鳥になっていますので、その意味は王子にわかりませんでした。
 王子はぼんやり立っていられますと、どこからか矢車草《やぐるまそう》の花をつけた森の精が出て来まして、腕輪と黒い鳥の尾とを手にしていられる王子を、お城の中へ送り返してくれました。
 その後、白樫《しらがし》の森はすっかり切り倒されて畑になり、城下には立派な町が出来ました。けれどもどうしたことか、月が毎晩|曇《くも》って少しも晴れませんでした。そして次のような唄が、城下の子供達の間にはやり出しました。
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お月様の中で、
尾《お》のない鳥が、
金の輪をくうわえて、
お、お、落ちますよ、
お、お、あぶないよ。
[#ここで字下げ終わり]
 月の光りが少しもさしませんので、国中の田畑の物はよく成長しませんでした。草木が大きくなるには露と月の光りとが大切なのです。国中は貧乏になり、人々は陰気《いんき》になりました。それで王様も非常に困られて、位《くらい》を王子に譲《ゆず》られました。
 王子は、白樫《しらがし》の森の跡に、木を植えさして小さな森を作られ、その中に宮を建て
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