に関することである。王は燃え上ってくる憤りを抑えつけ、相変らず沈黙を守ってる使者に向って、隣室で評議した後に返答する旨を告げて、一先ずその急場を遁れた。それから大臣等に命じて、誰でもよろしいから隣国の使者に応対出来る者を探させ、もし見付からなかった場合には、一同の首を刎ねると申渡した。
使いの者たちが八方に飛んだ。そのうちの或る者が、城下の陋屋に住んでる一人の賢者を見出した。みごと隣国の使者に応対してみようというのである。
そこで、王はまた玉座につき、左右には大臣将軍等が居並んだ。隣国の使者は、沈黙のうちに坐り続けている。
賢者は隣国の使者の方へ進み出で、子供の玩具をその前に置き、じっとその顔を見返した。
使者は少し驚き、当惑したようであった。やがて、平静に返って、一握りの粟を取出し、それを床《ゆか》の上にまき散した。
賢者は静に微笑んだ。鶏の雛を一羽取出して、そこに放った。雛はたちまちに粟粒を食い初めた。
使者は一寸たじろいだ。それから礼をして、立止って、首垂れながら帰っていった。
この、沈黙の外交問答を、解釈しようならば――
隣国の使者は玉座のまわりに円を描くことによって、こう尋ねたのである。「もし我国の軍勢が征め寄せて、貴国の王城を包囲したならば、如何なさる思召か。降服なさるか、それとも防戦なさるか。」
賢者は子供の玩具を差出して、答えた。「我国の軍隊に比ぶれば、貴国の軍隊などは子供同然である。」
使者は粟粒をまいて、云った。「我国には無数の兵士がいる。」
賢者は鶏の雛をだして、答え返した。「我国の兵士は、一人で以て貴国の兵士の百千を屠るであろう。」
そこで使者は、かかる問答の出来る賢者がいるような国を征むるは、危し危しと考えて、その旨を復命しに帰っていったのである。
以上が、このアルメニアの民話の大要である。この調子でゆけば、国際間の問題は凡て、あらゆる繁雑な懸引や手続を脱して、驚異的な簡明さで片附くようになるだろう。
この民謡は、吾国の蒟蒻問答という落語と、同工異曲……という以上に、同工同曲であって、共に沈黙の雄弁さを示すものである。
*
民話や落語の類でなく、沈黙のうちに実際生活の用が弁ぜられた話が、いくらもある。而もそれが、寡言沈黙を高く評価する東洋もしくは東方諸国にばかりでなく、アフリカのセネガル地方にまでも
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