いるのだ。物の散らかるに任せ植物の生い茂るに任せられたこの崖地の中で、一片の紙片や糸屑が、如何に醜く人目につくことか! 人工の匂いがし、人間の息吹がかかってるものは、如何に零細なものでも、ここでは凡て醜悪となる。
 私はそこに立ったまま、遙に、山野林泉のことを想う……。山野林泉に於ては、枯草も枯葉も、石ころも土くれも、みな自然の風情の一つとなる。鳥獣の糞でさえも、一つの風趣となる。然し、凡て人間的なものは、不調和な醜悪となるのである。野の中や泉のほとりに、弁当の折箱、新聞紙の一片、人の手にむかれた蜜柑の皮……などを見出した時は如何。人里遠い山道で、馬糞に、更に人糞に、出逢った時は如何。茲にも人ありとなつかしむ気持は、種々のものを含む不純な感情の作用であって、直接の印象は、眉をひそめさせるだけである。
 何故に、鳥獣の糞は自然を飾り、人間の使役動物たる牛馬の糞は自然と相容れず、人間の糞は自然を汚すのか。それほど、人間の生活は自然と対立するものなのか。或は、人間は個立的で同類反撥的なものなのか。或は、人間の自然に対する憧憬渇仰の念が深いのか。
 私は半人半獣のことを思う。ミノトール、サント
前へ 次へ
全6ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング