きつけられるのである。日本酒の最上は、醗酵菌作用中のどぶろくの上澄みにある。更に、揶子酒のことを考えてみるがよい。
 自然の味を変質するのが料理法であるならば、私はそういう料理法を呪う。自然を変造するのが文明であるならば、私はそういう文明を呪う。
 あくまでも天然の味を保有してる材料、出来得べくんば天然の生のまま、それに配するに人為的な調味剤、そういう料理法を私は求める。例えて云えば、刺身の醤油、酢の物の酢、そばのおしたじ、でんがくの味噌など、その醤油や酢やおしたじや味噌などこそ、あらゆる香料を用い人智をしぼって研究すべきであり、天然の材料そのものは、あくまでも天然のままでありたい。
 料理のことなどを云々するは、閑人の閑事であるかも知れない。然し、吾々の生活のことを顧みる時、天然の美味を変質するために、如何に煩雑な労力がそこに徒費されているか、更に、変質された人工的な食物を取ることによって、精神的にも肉体的にも如何に活力の減退を来しているか、それを私は考えるのである。
 天然自然のうちにこそ、最も豊富な活力が存在する。



底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
   1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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