ニに甚《はなは》だ不快な印象を与えたのであった。
科学者的庭造り師の態度は、たとえば猛獣とか、毒蛇とか、悪魔とかいうもののような、少しでも気を許したらば恐ろしい災害を与えるような、有害な影響を及ぼすもののうちを歩いている人のようであった。庭造りというようなものは、人間の労働のうちでも最も単純な無邪気なものであり、また人類のまだ純潔であった時代の祖先らの労働と喜悦《きえつ》とであったのであるから、今この庭を造る人のいかにも不安らしい様子を見ていると、青年はなんとはなしに一種の怪しい恐怖をおぼえた。それでも、この庭園を現世のエデンの園であるというのであろうか。その害毒を知りながら自ら培養しているこの人は、果たしてアダムであろうか。
この疑うべき庭造り師は灌木《かんぼく》の枯葉を除き、生い繁れる葉の手入れをするのに、厚い手袋をはめて両手を保護していた。彼の装身具は、単に手袋ばかりではなかった。庭を歩いて、大理石の噴水のほとりに紫の色を垂れているあの目ざましい灌木のそばに来ると、彼は一種のマスクでその口や鼻を掩った。この木のあらゆる美しさは、ただその恐ろしい害毒を隠しているかのように――。それでもなお危険であるのを知ってか、彼は後ずさりしてマスクをはずし、声をあげて呼んだ。もっとも、その声は弱よわしく、身のうちに何か病気をもっている人のようであった。
「ベアトリーチェ、ベアトリーチェ!」
「はい、お父さん、なにかご用……」と、向うの家の窓から声量のゆたかな若やいだ声がきこえた。
その声は熱帯地方の日没のごとくに豊かで、ジョヴァンニは何とは知らず、紫とか真紅の色とか、または非常に愉快なある香気をも、ふと心に思い浮かべた。
「お父さん、お庭ですか」
「おお、そうだよ、ベアトリーチェ」と、父は答えた。「おまえ、ちょっと手をかしてくれ」
彫刻の模様のついている入り口から、この庭園のうちへ最も美しい花にもけっして劣らない豊かな風趣をそなえた、太陽のように美しい一人の娘の姿があらわれた。その手には眼も醒めるばかりの、もうこれ以上の強い色彩はとても見るにたえないと思われるような、非常に濃厚な色彩の花を持っていた。彼女は生命の力と健康の力と精力とが充満しているように見えた。これらの特質はその多量を彼女の処女地帯の内に制限せられ、圧縮せられ、なおかつ強く引きしめられているのである。
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