あることを考えた。彼はもちろん、それほどまでに信じ切ることは出来なかったが、それでも彼女の姿は彼に対して、まるでその魅力を失うことはなかった。
ジョヴァンニの憤怒はやや鎮まったが、不機嫌な冷淡な態度はおおわれなかった。ベアトリーチェは敏速な霊感で、彼と自分との間には越えることの出来ない暗い溝《みぞ》が横たわっていることを早くも覚《さと》った。二人は悲しそうに黙って、一緒に歩いた。大理石の噴水のほとりまで来ると、その中央には宝石のような花をつけた灌木が生えていた。ジョヴァンニはあたかも食欲をそそられるように、一生懸命にその花の匂いを吸って喜んで、自分ながらそれに気がついて驚いた。
「ベアトリーチェ。この灌木はどこから持って来たのですか」と、彼は突然に訊いた。
「父が初めて作りました」と、彼女は簡単に答えた。
「初めて作った……。作り出したのですか……」と、ジョヴァンニは繰りかえして言った。「ベアトリーチェ。それはいったいどういうことですか」
ベアトリーチェは答えた。
「父は恐ろしいほどに自然の秘密に通じた人でした。わたくしが初めてこの世界に生まれ出たと同じ時間に、この木が土の中から芽を出して来たのです。わたくしはただ世間並の子供ですが、この木は父の学問、父の知識の子供です。その木にお近づきになってはいけません」
ジョヴァンニがその灌木にだんだん近づいて行くのを見て、彼女ははらはらするように言いつづけた。
「その木は、あなたがほとんど夢にも考えていないような、性質を持っています。わたくしはその木と一緒に育って、その呼吸《いき》で養われて来たのです。その木とわたくしとは、姉妹《きょうだい》であったのです。わたくしは人間を愛すると同じように、その木を愛して来ました。……まあ、あなたは、それをお疑いになりませんでしたか。……そこには恐ろしい運命があったのです」
このとき、ジョヴァンニは彼女を見て、非常に暗い渋面《じゅうめん》を作ったので、ベアトリーチェは吐息をついてふるえたが、男の優しい心を信じているので、彼女は更に気を取り直した。そうして、たとい一瞬間でも彼を疑ったことを恥かしく思った。
「そこには恐ろしい運命があったのです」と、彼女はまた言った。「父が、恐ろしいほどに学問を愛した結果、人間のあらゆる運命からわたくしを引き離してしまったのです。それでも神様はとうとう
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