って失われている普通の性質を、悲惨なる娘のために取り戻してやれると思うのだ。この小さな銀の花瓶を見たまえ。これは有名なベンヴェニュート・チェリーニの手に成ったもので、イタリーで最も美しい婦人に愛の贈り物としても恥かしくないものだ。殊《こと》にこの中にはいっているのはまたとない尊いもので、この解毒剤を一滴でも飲めば、どんな劇薬でも無害になるのだ。ラッパチーニの毒薬に対しても、十分の効力あることは疑いない。この尊い薬を入れた花瓶を、君のベアトリーチェに贈りたまえ。そうして、確実の希望をもってその結果を待ちたまえ」
バグリオーニは精巧な細工《さいく》をほどこした小さい銀の花瓶を、テーブルの上に置いて出て行った。彼は自分の言ったことが青年の心の上にいい効果をあたえることを望んだ。
「まだ今のうちならば、ラッパチーニをさえぎることが出来るだろう」と、彼は階段を降りながら、独りでほくそえんだ。「彼について本当のことを白状すれば、彼はおどろくべき男だ――実に不思議な男だ。しかしその実行の方法を見ると、つまらない藪《やぶ》医者だ。古来の医者のよい法則を尊ぶわれわれには我慢のならないことだ」
四
ジョヴァンニがベアトリーチェと交際している間、前にも言ったように、彼はときどきに彼女の性格について暗い疑いの影がさした。それでも彼はどこまでも彼女を純な自然な、最も愛情に富んだ、偽りのない女性であると思っていたので、今かのバグリオーニ教授の主張するがごときものの姿は、彼自身の本来の考えとは一致せず、はなはだ不思議な、信じ難いもののように思われた。
実際この美しい娘を初めて見たときには、忌《いま》わしい思い出があった。彼女がさわるとたちまちに凋《しお》れた花束のことや、彼女の息の匂いのほかにはなんら明らかな媒介物もなしに、日光のかがやく空気のうちで死んでいった昆虫のことや、それらは今でもまったく忘れることは出来なかったが、こういう出来事は彼女の性格の清らかな光りのうちに溶《と》けこんで、もはや、事実としての効力を失い、いかなる感情が事実を証明しようとしても、かえってそれを誤まれる妄想と認めるようになっていた。
世の中にはわれわれが眼で見、指でふれるものよりも、さらに真実で、さらに実際的なものがある。そういう都合のいい論拠のもとに、ジョヴァンニはベアトリーチェを信頼した
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