しかも自分とはまるで反対の見方をしている教授の暗示が、あたかも百千の鬼が歯をむき出して彼を笑っているような、暗い疑惑を誘い出したのである。彼は努めてその疑いをおさえながら、ほんとうに恋人を信ずるの心をもって、バグリオーニに答えた。
「教授。あなたは父の友人でした。それですから、たぶんその息子にも友情をもって接しようというおつもりなのでしょう。わたしはあなたに対して心から敬服しているのです。しかしわれわれには、口にしてはならない話題があるということを、どうか考えていただきたいのです。あなたはベアトリーチェをご存じではありません。それがために間違ったご推測をなすっては困ります。彼女の性格に対して、軽慮な失礼な言葉をお用いになるのは、彼女を冒涜《ぼうとく》するというものです」
「ジョヴァンニ。憐れむべきジョヴァンニ」と、教授は冷静な憐愍《れんびん》の表情を浮かべながら答えた。「僕はこの可憐《かれん》な娘のことについて、君よりも、ずっとよく知っている。これから君にむかって、毒殺者ラッパチーニと、その有毒の娘とに関する事実を話して聞かせよう。そうだ、有毒者ではあるが、彼女は美しいには美しいね。まあ、聴きたまえ。たとい君が腹を立てて、僕の白髪《しらが》を乱暴にかきむしっても、僕はけっして黙らない。そのインドの女に関する昔の物語は、ラッパチーニの深い恐ろしい学術によって、美しいベアトリーチェのからだに真実となってあらわれたのだ」
ジョヴァンニはうめき声を立てて彼の顔をおおうと、バグリオーニは続けて言った。
「彼女の父はこの学術に対して、狂的というほどに熱心のあまり、わが子をその犠牲とするに躊躇しなかったのだ。公平にいえば、彼は蒸溜器をもって彼自身の心を蒸発してしまったかと思われるほど、学術には忠実な人間であるのだ。そこで、君の運命はどうなるかという問題であるが……疑いもなく、君はある新しい実験の材料として選ばれたのだ。おそらくその結果は死であろう。いや、もっと恐ろしい運命かもしれない。ラッパチーニは自分の眼の前に、学術上の興味を惹《ひ》くものがあれば、いかなるものでもちっとも躊躇しないのだ」
「それは夢だ。たしかに夢だ」と、ジョヴァンニは小さい声でつぶやいた。
教授は続けて言った。
「けれども、君、楽観したまえ。まだ今のうちならば助かるのだ。たぶんわれわれは彼女が父の狂熱によ
前へ
次へ
全33ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ホーソーン ナサニエル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング