ような紫の痕があって、拳《こぶし》の上には細い拇指《おやゆび》の痕らしいものもあった。
愛はいかに強きことよ。――たといそれが想像のうちにのみ栄えて、心の奥底までは揺り動かさないような、うわべばかりの贋《まが》いものであったとしても――薄い霞のように消えてゆく最後の瞬間までも、いかに強くその信念を持続することよ。ジョヴァンニは自分の手にハンカチーフを巻いて、どんな禍《わざわ》いが起こって来るかと憂いたが、ベアトリーチェのことを思うと、彼はすぐにその痛みを忘れてしまったのである。
第一の会合の後、第二の会合は実に運命ともいうべき避けがたいものであった。それが第三回、第四回とたびかさなるにつれて、庭園におけるベアトリーチェとの会合は、もはやジョヴァンニの日常生活における偶然の出来事ではなくなって、その生活の全部であった。彼がひとりでいる時は、嬉しい逢う瀬の予想と回想とにふけっていた。
ラッパチーニの娘もやはりそれと同じことであった。彼女は青年の姿のあらわれるのを待ちかねて、そのそばへ飛んで行った。彼女は彼が赤ん坊時代からの親しい友達で、今でもそうであるかのように、なんの遠慮もなしに大胆に振舞った。もし何かの場合で、まれに約束の時間までに彼が来ないときは、彼女は窓の下に立って、室内にいる彼の心に反響するような甘い調子で呼びかけた。
「ジョヴァンニ……。ジョヴァンニ……。何をぐずぐずしているの。降りていらっしゃいよ」
それを聞くと、彼は急いで飛び出して、毒のあるエデンの花園に降りて来るのであった。
これほどの親しい間柄であるにもかかわらず、ベアトリーチェの態度には、なお打ち解けがたい点があった。彼女はいつも行儀のいい態度をとっているので、それを破ろうという考えが男の想像のうちには起きないほどであった。すべての外面上の事柄から観察すると、かれらは確かに相愛の仲であった。かれらは路《みち》ばたでささやくには、あまりに神聖であるかのように、たがいの秘密を心から心へと眼で運んだ。かれらの心が永く秘められていた火焔《ほのお》の舌のように、言葉となってあらわれ出るときには、情熱の燃ゆるがままに恋を語ることさえもあった。それでも接吻や握手や、または恋愛が要求し神聖視するところの軽い抱擁さえも試みたことはなかった。彼は彼女の輝いたちぢれ毛のひと筋にも、手をふれたことはなかった。彼
前へ
次へ
全33ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ホーソーン ナサニエル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング