スが前から下げていた剣の代りに、それを彼につけてやりました。
『君の目的に役立つ剣は、わたしの剣のほかにはないのだ、』と彼は言いました、『その刃《は》はこの上もなく切れ味がよくて、鉄でも真鍮でも、まるで細い細い小枝を切るように切れてしまう。さあ、これから出かけよう。お次は、三人の白髪《しらが》の婆さん捜しだ。その婆さん達が、水精《ニンフ》の居処《いどころ》をわれわれに教えてくれるんだからね。』
『三人の白髪婆さんですって!』とパーシウスは叫びました。彼は冒険の途中に、また新しい面倒が起ったとばかり思ったからです。『一体その三人の白髪婆さんって誰でしょう? 僕はそんな婆さん達のことは聞いたこともありませんが。』
『彼等は三人の大変奇妙なおばあさん達なんだ、』とクイックシルヴァは笑いながら言いました。『彼等は仲間でたった一つの目と、たった一つの歯としか持っていない。その上、星明りか、夕方の薄闇の中かで見つけなければならない。というのは、彼等はお日様やお月様が出ている時は、決して姿を見せないからだ。』
『しかし、』とパーシウスは言いました、『僕はどうしてそんな三人の白髪婆さんのことで暇をつぶさなければならないんでしょう? すぐ、あの恐ろしいゴーゴン達を捜しに行った方がよくはないでしょうか?』
『いや、いや、』と彼の友達は答えました。『君はゴーゴン達の居る所へ行く迄には、ほかにいろんなことをしなければならないんだ。さしあたり、これらのおばあさん達を捜すほかないのだ。そしてわれわれが彼等に出遇えば、もうゴーゴン達からあまり遠くない所へ来たと思って間違いないんだ。さあ、出かけようじゃないか!』
パーシウスは、この時までに、彼の道連れのかしこさを大変頼みに思うようになっていましたので、もうその上文句は言わないで、すぐにでも冒険旅行に出かけていいと答えました。そこで彼等は出発しました。そして可《か》なり速い足どりで歩いて行きました。それが実際また、あまり速かったので、パーシウスは足早《あしばや》の友達クイックシルヴァについて行くのが、少し難儀《なんぎ》になって来ました。実をいうと、彼はクイックシルヴァが翼の生えた靴をはいていて、勿論そのおかげで、彼の足が不思議に早いのだというような、妙なことを考えたのです。それからまた、パーシウスが目の隅っこから、横目でクイックシルヴァを見ると、彼の頭の横っちょにも翼が生えているような気がするのでした。尤もパーシウスがまともに振向いて見ると、何もそんなものは目につかないで、ただおかしな帽子をかぶっているだけでしたが。しかしいずれにしても、あの曲りくねった杖が、クイックシルヴァにとって、たいへん大切なものであることは明らかで、そのために彼がこんなに速く歩けるので、たいそう元気な青年であるパーシウスも、だんだん息が切れて来ました。
『さあ!』とクイックシルヴァはとうとう叫びました――というのは、彼も相当人を喰ったもので、パーシウスが彼と歩調を合せて行くのにどんなに難儀しているかということは、ようく知っていたからです――『この杖を持ち給え。わたしよりもずっと君の方が、それが必要だからね。セライファス島には、君よりも足の速い人はいないのかね?』
『僕だって翼の生えた靴さえあれば、相当速く歩けるんですがね、』と、パーシウスはちらっとずるそうに、彼の道連れの足の方に目をやりながら言いました。
『君にも一足《いっそく》心がけておかなくちゃ、』とクイックシルヴァは答えました。
しかし、さっき貸してもらった杖が、すばらしく彼の歩く助けになったので、パーシウスはもう少しも疲れを覚えなくなりました。実際、その杖は彼の手の中で生きていて、その生命のいくらかを彼に貸してくれるような気がしました。彼とクイックシルヴァとは、今では、仲よくお話をしながら、楽《らく》に旅をつづけました。そしてクイックシルヴァが、彼の今までの冒険談や、いろんな場合に彼の機転がどんなに役に立ったかというような話を、いろいろ沢山してくれたので、パーシウスは彼を実にすばらしい人だと思うようになりました。彼は如何にもよく世間のことを知っていました。そして青年にとっては、そうしたことをよく知っている友達ほどいいものはありません。パーシウスは、だから、いろいろと話を聞いて自分の機転に磨きをかけたいと思って、一層熱心に耳を傾けました。
そのうちに、ふと彼は、彼等がこれから目指して行く冒険に力を貸してくれる筈になっている姉さんのことを、クイックシルヴァが話していたのを思い出しました。
『その方《かた》は何処にいらっしゃるんです?』と彼は尋ねました。『すぐにはお目にかかれないんでしょうか?』
『正にその時機だという時になったら出て来るよ、』と彼の道連れは言いました。『しかしちょっとことわっておくが、わたしのこの姉は、わたしとはまるで性質が違うんだ。彼女は大変真面目で、用心深く、にっこりとすることも少なく、声を立てて笑うなんてことはまるでない。そして何か特別に意味の深いことを言う時のほかは、一言も口をきかないことにしている位だ。その代り、こちらからも、よほど立派なことを言わないと、相手にはしてくれないんだ。』
『これは驚いた!』とパーシウスは叫びました、『僕なんぞはうっかり口をきけませんね。』
『本当に彼女は、実に何でも出来る人なんだ、』とクイックシルヴァはつづけて言いました、『そしてどんな技芸にも学問にも通じている。つまり彼女は、あまり馬鹿馬鹿しくかしこいので、みんなが彼女のことを智恵の化身《けしん》だといってる位だ。しかし、実を云うと、少し元気がなさすぎるので、僕はどうも好きになれない。君だって彼女を、僕のように気持のいい旅の道連れだとは思わないだろうと思う。但し彼女にもいいところはある。そして君も、ゴーゴンと闘《たたか》うについては、そのおかげを蒙ることになるだろう。』
この時にはもうあたりはすっかり薄暗くなっていました。彼等は今や、蓬々《ぼうぼう》とした藪が一面に生え茂って、今まで誰も住んだこともなければ来たこともなさそうな、ひっそりとした、淋しい荒野原《あれのはら》へ来ました。あたりのものすべては、灰色の夕闇の中にもの淋しく、しかもその夕闇が刻々に深くなって行くのでした。パーシウスは何だか悲しくなって、あたりを見まわしながら、まだずっと先へ行くんでしょうかと、クイックシルヴァに尋ねました。
『シッ! シッ!』と彼の道連れは小声で言いました。『騒いじゃいけない。ちょうどこんな時分に、こんな所で、三人の白髪婆さんに遇《あ》うんだ! 君が彼等を見ないうちに、向うから見つけられないように気をつけ給え。というのは、彼等は三人仲間で目が一つしかないけど、それが三人分の目に負けないくらい鋭いんだから。』
『でも、僕達が彼等に出遇った時に、僕はどうすればいいんでしょう?』とパーシウスは訊《き》きました。
クイックシルヴァは、三人の白髪婆さん達が、一つの目でどういう風に間に合わせているかをパーシウスに説明して聞かせました。彼等はいつもそれをお互に、まるで眼鏡みたいにやり取りしているらしいのです。いや、それは片眼鏡といった方がいいかも知れない。彼等にはその方が向いているんだから。そして、三人のうちの一人が、その目を或る時間の間使うと、それを眼窩《めのあな》からはずして、次の番に当った姉妹《きょうだい》の一人に渡す。するとその一人が、すぐそれを自分の頭に嵌《は》めて、明るい世間を見て楽しむというわけなんです。だから、三人の白髪の婆さんのうち誰か一人だけには物が見えるが、ほかの二人は真暗闇《まっくらやみ》だということ、それから、その目が手から手へと渡されているちょっとの間は、この可哀そうなおばあさん達の誰もが、ちっとも物が見えないということが、すぐ分るでしょう。僕は今まで、いろいろ変ったことを沢山聞きもし、また自分で見たことも少なくありません。それにしても、みんなで一つの目から覗いているというこの三人の白髪婆さんにくらべることが出来るほど不思議なことは一つもなかったと思います。
パーシウスもやっぱりそう思ったのでした。そして、どうかすると、彼の道連れが彼をからかっているのであって、世の中にそんな婆さん達なんてあるものかと考えたほどでした。
『わたしが本当のことを言ってるかどうか、今に分るよ、』とクイックシルヴァは言いました。『耳をすまして! 静かに! シッ、シッ! さあ、来たぞ!』
パーシウスは一心に夕闇をすかして見ました。すると、果して、あまり遠くないところに、三人の白髪婆さんが目につきました。よほど暗くなっていたので、彼等がどのような姿をしているかは、よく見えませんでしたが――それでも、長い白髪だけは分りました。そして、彼等がだんだん近づいて来るのを見ると、彼等のうちの二人は、その額《ひたい》のまん中に、空《から》っぽの眼窩《めのあな》だけがあいているのでした。しかし、三人目の姉妹の額のまん中には、たいへん大きな、ぎょろぎょろした、鋭い眼がついていて、それがまた、指輪についた大きなダイヤモンドのように、きらきらしていました。その眼があまりきつそうなので、真暗《まっくら》な夜中《よなか》にでも、昼間と同じようによく見える力をそなえているに違いないと、パーシウスは思わずにはいられませんでした。三人の眼の視力を熔《と》かして、それを一つに集めて出来上ったのがその眼です。
こうして彼等は、大体のところ、まるで三人一しょに見ているのと同じような具合に、楽《らく》に歩き廻るのでした。ちょうど額にその眼を嵌めている者が、その間中、鋭くあたりを見廻しながら、他の二人の手を引いて歩くのでしたが、その目附があまりきついので、パーシウスは彼とクイックシルヴァとが隠れている深々《ふかぶか》と茂った藪まで突き通して見られやしないかと、びくびくものでした。いやどうも、そんな鋭い目の届くところにいるのは、本当に恐しいことでした。
しかし、彼等がその藪まで来ないうちに、三人の白髪婆さんの一人が口を切りました。
『もし! スケヤクロウさん!』と彼女は叫びました。『あんたは十分長く見たじゃないか。もうあたしの番だよ!』
『もうちょっとの間、あたしに借《か》しといておくれ、ナイトメヤさん、』とスケヤクロウは答えました。『あの茂った藪の蔭に、あたし何かちらっと見えたような気がするからさ。』
『へん、それがどうしたっていうの?』とナイトメヤはすねたように言い返しました。『あたしには、あんたのようにたやすく茂った藪の中が見えないとでもいうの? その眼はあんたのものでもあり、あたしのものでもあるんだよ。そしてあたしはあんたに負けない位、その眼の使い方を知っている。いや、どうかすると、もっと上手かも知れない。どうあっても、すぐにちょっと見せて貰わないと困るよ!』
しかしこの時、三人目のシェイクヂョイントという姉妹が、ぶつぶつ言い出しました。彼女の言い分は、彼女が見る番だのに、スケヤクロウとナイトメヤとが、いつでも二人きりで眼を持っていたがるというのでした。この口論をやめるために、スケヤクロウ婆さんは、額から眼をはずして、それを手に持って差出しました。
『どちらでもお取りよ、』と彼女は叫びました、『そして、このくだらない喧嘩を止してよ。あたしは、まあしばらく真暗闇《まっくらやみ》を楽しみましょう。でも、はやくお取りったらさあ。でないと、あたしがまた額に嵌めてしまうよ!』
そこで、ナイトメヤとシェイクヂョイントとは、二人とも手をのばして、スケヤクロウの手から眼をひったくろうとしてさぐり廻しました。しかし二人とも同じようにめくらですから、スケヤクロウの手の在処《ありか》が容易に分りません。スケヤクロウも亦、今はシェイクヂョイントやナイトメヤと同様真暗闇ですから、眼を渡そうにも、すぐにはどっちの手にも出くわさないのです。こうして(君達利口な子にはすぐ分る通り)これら三人のおばあさん達は、おかしな風にまごつ
前へ
次へ
全31ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ホーソーン ナサニエル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング