ぐり合ったものとして、仕合せに思ってくれるだろう。まあ聞いてくれ、パーシウス、わしは美しいヒポデイミヤ姫と結婚しようと思っている。ところが、こうした場合、花嫁に対して何か遠い国から持って来た美事《みごと》な珍品を贈るという習《ならわし》になっている。正直なところ、わしは彼女のようなすぐれた趣味を持った姫の気に入りそうなものを、何処で手に入れたものかと少々困っていた。しかし今朝になって、それにうってつけの品物を思いついて、われながら得意になっているのじゃ。』
『して、それを手に入れますについて、私が陛下のお役に立つことが出来ますでしょうか?』とパーシウスは熱心に叫びました。
『出来る――もしお前がわしの信じているほど勇敢な若者であったなら、』とポリデクティーズ王は、この上もなくやさしい調子で言いました。『わしが是非美しいヒポデイミヤに捧げたいと思っている婚礼の贈物は、頭に蛇の髪が生えたゴーゴン・メヅサの首じゃ。そしてパーシウスよ、わしはお前の力でそれを取って来てもらいたいと思っている。そんなわけで、わしは姫との話を取りきめたいと熱望しているので、お前がゴーゴンを探しに出かけてくれるのが早ければ早いほどうれしいのじゃ。』
『明朝出発いたします、』とパーシウスは答えました。
『どうかそうしてくれ、わが天晴《あっぱれ》の若者、』と王様も言いました。『それから、パーシウス、ゴーゴンの首を切る時、その形を害《そこな》うようなことのないように、ばっさりと、きれいに切るように気をつけてくれ。お前はそれを、美しいヒポデイミヤ姫のすぐれた趣味に適《かな》うように、少しもいためないで持って帰らなければならない。』
 パーシウスは王宮から下がって来ました。ところが、彼がやっと聞えない位の所へ行くか行かないうちに、ポリデクティーズは、わっはっはと笑い出しました。彼はいかにも悪い王様だけに、その若者がこうまでたやすく罠《わな》にかかったのを見て、ひどく喜んだのでした。パーシウスが蛇の髪をしたメヅサの首を切って来ることを引受けたというこの噂は、すぐぱっと世間にひろがりました。みんなはうれしがった、というのは、この島の住民達は大抵、王様に負けないくらい悪い人達で、何か大変なわざわいがダネイとその息子の上に起ることを、何よりも喜んだからです。この不幸なセライファス島には、あの漁師ただ一人しか善人はいなかったらしいのです。だから、パーシウスが歩いて行くと、人々は彼にうしろ指をさしたり、口を曲げたり、互に目くばせをしたり、また思いきって出せるだけの声で彼を嘲弄したりしました。
『ほう、ほう!』と彼等は叫びました、『あいつはメヅサの蛇に見事《みごと》に咬まれてしまうぜ!』
 さてその頃には、三|疋《びき》のゴーゴンが棲んでいました。そして彼等は、世界始まって以来その時まで、その時から今日《こんにち》まで、なおその上この先何年たっても、ほかに見られそうもないような、この上もなく奇怪な、恐しい怪物でした。何獣といおうか、何のおばけといおうか、とにかくほとんど名のつけようもない代物《しろもの》でした。彼等三疋は姉妹であって、どこかちょっと人間の女に似たところもありましたが、本当は非常におそろしい、有害な竜の一種だったのです。全く以《もっ》て、これらの三疋がどんなに凄いものだったか、想像するのも困難な位です。だって、君達は嘘だというかも知れないが、彼等の頭にはそれぞれ、髪の毛の代りに、大きな蛇が百も生えていました。それもみんな生きていて、身をよじったり、のたくったり、くるくる巻きになったり、それから、尖《さき》の方が叉《また》になって毒を有《も》った舌をぺろぺろと出したりしました。ゴーゴン達の歯はおそろしく長い牙になっていて、手は真鍮で出来ており、からだ一面はうろこで、それは鉄ではないにしても、それに負けないくらい堅くて突き通しにくいものでした。その上、彼等には翼があって、それがまた本当に、すばらしく立派なものでした。というのは、その羽の毛が一枚々々、まじりけのない、光った、きらきらした、磨いた金で出来ていたのですから。ゴーゴン達がお日様の光をうけて飛び廻る時には、きっと、ひどく眩《まぶ》しく見えたに違いありません。
 しかし人々は、空高く飛んでいる彼等のきらきらした輝きをちょっとでも見ると、立止まって眺めるどころか、駆け出して出来るだけ早く身をかくすのでした。多分君達は、彼等がゴーゴンの髪の毛の代りになっている蛇に咬まれるとか――そのおそろしい牙で頭を喰い切られるとか――真鍮の爪でずたずたに引裂かれるとかするのを恐れているのだと思うでしょう。そう、たしかにそんなことも危険のうちにははいっていたが、決してそれらが一番大きな危険でもなければ、一番のがれにくい危険でもなかったのです。というのは、これらの恐しいゴーゴン達の何よりこわいところは、もしわれわれ無力な人間が、彼等の顔をまともに見つめでもしようものなら、間違いなく、温い肉と血とが、たちまち冷たい、死んだ石になってしまうということでした。
 だから、君達にもすぐ分る通り、悪い王様ポリデクティーズが、この罪もない若者のために考え出したことは、とてもあぶない冒険だったのです。パーシウス自身も、そのことをよく考えてみると、彼がそれを無事に切り抜けて来るという見込みはほとんど立たず、蛇の髪をしたメヅサの首を持って帰って来るよりも、寧《むし》ろ石仏になってしまう心配の方が、ずっと多そうな気がしないではいられませんでした。というのは、他のいろんな困難は言うに及ばず、ここに、パーシウスよりも年取った人でも、それをどう突破していいか分らなくなってしまうような困難が一つあったからです。彼は単にこの金の翼、鉄のうろこ、長い牙、真鍮の爪、蛇の髪などを有《も》った怪物と闘《たたか》わなければならないというだけではなく、目を閉じたままか、或は少なくとも、現に闘っている相手を殆《ほとん》どちらっと見ることもしないで斃《たお》さなければなりません。でないと、打ちかかろうとして腕を上げている間に石になってしまって、その腕を上げたままの姿勢で、年月と風雨とが彼をすっかりぼろぼろにしてしまうまで、何百年でも立っているようなことになるでしょう。これは、輝かしく美しいこの世界で、彼のようにこれから沢山の手柄もたて、いろいろいい目にも会いたいと思っている青年の上に起るにしては、あまりにも悲しいことです。
 こんなことを考えると、たいへん悲しくなって来て、彼は、やりましょうと引受けたことを、お母さんにお話しするに忍びませんでした。そこで彼は、盾を取り、剣をつけて、島から本土へと渡りましたが、淋しい所に一人で坐ってこぼれて来る涙を抑えかねました。
 しかし、彼がこうして悲しい気持でいると、すぐ傍《そば》で声がしました。
『パーシウス、』とその声は言いました、『何故お前は悲しんでいるのだ?』
 彼は伏せていた顔を、手から上げました。ところがどうでしょう、パーシウスが自分一人だけだと思っていたのに、この淋しい所に一人の見知らぬ人がいたのです。それは元気そうな、才智ありげな、そしてとても利口そうな顔附をした青年で、肩に外套をかけ、頭には妙な帽子をかぶり、手には変に曲りくねった杖を持ち、そして腰には短い、ひどく反《そ》った剣を下げていました。彼はそのからだつきが、常に運動をしていて、跳《と》んだり走ったりすることが上手な人のように、如何にも軽く、活発でした。殊に、その見知らぬ人は、たいへん快活な、抜目《ぬけめ》のない、頼りになりそうな(その上、たしかにちょっといたずららしいところはあるにはあったが)様子をしていたので、パーシウスはその人をじっと見ていると、自分もだんだん元気づいて来るような気がしないではいられませんでした。それに、彼は本当は勇気のある若者だったので、よく考えて見ると何もそんなに気を落すほどのこともなさそうだのに、臆病な小学生のように目に涙をためているところを他人《ひと》に見られて、たいそう恥ずかしい気がしました。そこでパーシウスは涙を拭《ふ》いて、出来るだけ勇ましい顔になって、その見知らぬ人に向って可《か》なり元気に答えました。
『僕はそんなに悲しんではいません、』と彼は言いました、『ただ僕が引受けた冒険について考え込んでいただけです。』
『おほう!』とその見知らぬ人は答えました。『まあいいから、わたしにすっかりその話をしてごらん、そうすれば、わたしが君の力になって上げられるかも知れない。わたしは今までに、沢山の若者を助けて、やって見ないうちは随分とむずかしそうに見えた冒険を仕遂げさせたこともあるんだから。多分君はわたしのことを聞いたことがあるだろう。わたしには、いろんな名前がある。しかしクイックシルヴァという名前が、他のどれよりもわたしに適している。まあ、君の心配事をわたしに聞かせなさい。そうすれば、二人でよく相談して、何かうまい方法が見つかるかも知れない。』
 その見知らぬ人の言葉と態度とが、パーシウスを、まるで前とは打って変った気持にしました。彼はどうせ今までよりも悪いことになりっこはないし、それにどうかすると、この新しい友達が、結局大変よかったというようなことになりそうな、何かいい智恵でも貸してくれそうな気がしたので、彼の心配事をすっかりクイックシルヴァに話してしまうことにきめました。そこで彼は、かいつまんで、ありのままに事情を打明けました、――つまり、ポリデクティーズ王が、美しいヒポデイミヤ姫に対する婚礼の贈物として、蛇の髪をしたメヅサの首をほしがっていること、それから彼が王様のためにそれを取って来て上げることを引受けはしたものの、石にされてしまうことを心配していることなどを話したのです。
『石になっちゃ可哀そうだ、』とクイックシルヴァは人の悪いほほ笑みをうかべて言いました、『尤も、君は大変立派な大理石の像になるだろうがね。そして、ぼろぼろになってしまうまでには、何百年もかかるだろう。しかし大抵誰でも、石像になって何百年も立っているよりは、数年間でもいいから青年でいたいからね。』
『ええ、全くその方がいいですよ!』とパーシウスは、また目に涙をうかべながら叫びました。『それに、もしもかわいい息子が石にされてしまったら、僕の大事なお母さんはどうするでしょう?』
『まあ、まあ、そんな縁起でもないことにはしたくないもんだ、』とクイックシルヴァは元気づけるような調子で答えました。『もし誰かが君を助けることが出来るとすれば、わたしを措《お》いてないのだ。今じゃ恐しいような気がするけれども、君がその冒険を無事に切り抜けるように、わたしの姉とわたしとが出来るだけ骨を折って上げよう。』
『あなたのお姉さんですって?』とパーシウスは訊《き》き返しました。
『そう、わたしの姉だよ、』と見知らぬ人は言いました。『本当に、彼女は大変聡明なんだ。それにわたし自身としても、大した智恵はないが、どんなことにぶっつかっても、途方に暮れるというようなことはまずないね。もし君が大胆に、そして細心になって、わたし達の言うことをきいてれば、まだ当分は石像になるなんて心配は御無用だ。しかし、君は先ず第一に、君の盾を、鏡のようにはっきりと顔が映るようになるまで、磨かなくてはならない。』
 これはまた、冒険の手始めとしては随分変なものだなと、パーシウスは思いました。というのは、盾などというものは、顔が映って見えるほど光ったりしているよりも、ゴーゴンの真鍮の爪から彼を護《まも》るだけの丈夫さのある方が、ずっと大切だと彼は考えたからでした。しかし結局彼よりもクイックシルヴァの方に深い考えがあるのだろうと思ったので、彼はすぐ仕事に取りかかりました。そして大変精を出して、熱心に盾をすり磨きましたので、すぐそれは秋のお月様のように光って来ました。クイックシルヴァはそれを見てにっこりとして、よしよしといったように、うなずきました。それから、自分の短い、反《そり》のついた剣をはずして、パーシウ
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