べたことも、見たことも、かいだこともないでしょう。その香気は、台所のあたりにただよって、何ともいえないほど気持がいいので、目を閉じると、たちまちにして低い天井や、くすぶった壁を忘れてしまって、この世のものとも思えないような匂いを放つすいかずら[#「すいかずら」に傍点]が一杯にからんだ東屋《あずまや》にいるような心地がしたことでしょう。
 ボーシス婆さんは、何も知らない年寄でしたが、いろいろこうしたことが起っているのは、どうも何にしても、ただごとではないと思わずにはいられませんでした。そこで、お客様達にパンと蜂蜜とをすすめ、めいめいの皿に葡萄を一房ずつおいてから、フィリーモンの傍に坐って、彼女の見たことを、小声で彼に話しました。
『お前さん、こんなことって、今までに聞いたことがあるかい?』彼女は尋ねました。
『いや、まるでないね、』フィリーモンは、にっこり笑って答えました。『そして、お前、わしはどうもお前が、夢みたいな気持になって、ふらふらしていたんだと思うんだがね。もしもわしが牛乳をついでいたら、その辺のことはすぐに見抜いてしまっていただろうに。どうかして、お前が思ったよりもいくらか沢
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