ちの木からですよ、』とフィリーモンは答えました。『その枝の一つが、向うの窓をくねくねと横切っているのが見えるでしょう。しかし、うちの家内もわしも、この葡萄をうまいなんて思ったことはないんですが。』
『僕はこんなうまいのをたべたことはありませんね、』とそのお客は言いました。『よかったら、このおいしい牛乳をもう一杯下さい。そうすれば、僕はもう殿様以上の夕飯をたべたことになるでしょう。』
 今度はフィリーモン爺さんが立上って、壺を取り上げました。というのは、彼はボーシス婆さんが彼に小声で話して聞かせた不思議なことが、一体本当なのかどうか知り度《た》くなったからでした。彼は自分の年取った妻が嘘《うそ》のつける人間ではないということ、そして、彼女が本当らしいと思ったことで間違っていたためしは殆どないということを知っていました。それにしても、これはまたあまりに不思議なことなので、彼は自分の目で、それを突き止めてみたいと思ったのでした。だから、彼は壺を手に取った時、こっそりと中をのぞいて見て、一滴だってはいっていなかったので、すっかり得心しました。ところが、たちまち壺の底から、小さな白い泉がもくもくと湧き出して来て、泡立った、いい匂いの牛乳で、壺の口まで一杯になってしまいました。フィリーモンが、驚いてその不思議な壺を取り落さなかったのが、めっけものでした。
『不思議をおあらわしになる旅の方々《かたがた》、御身《おんみ》達は何人《なにびと》であらせられますか?』フィリーモンは、さきにボーシスが驚いたよりもなお一層驚いて、そう叫びました。
『こうして御邪魔に上った客ですよ、フィリーモンじいさん、そしてあなたの友達さ、』年上の方の旅人は、どことなくやさしくていて、自然に頭が下るような、おだやかな、深味のある声で答えました。『わたしにも牛乳を一杯下さい。そしてこの壺が、困っている旅人のためと同じく、親切なボーシスとおじいさんとのためにも、決して空《から》になることのないように!』
 もう夕飯もすんだので、見知らぬ人達は寝室へ案内してほしいと言いました。老夫婦はもう少し彼等と話をして、自分達の感じている不思議の思いを述べたり、貧弱な夕飯が、あんな思いもよらないような、結構な、そして十分な御馳走となった喜びを語ったりしたいと思いました。しかし、彼等は年上の方の旅人の威厳に打たれてしまって、物を訊いてみる元気なんか出ませんでした。そして、フィリーモンがクイックシルヴァを脇へ引張って行って一体どうして古い土焼の壺の中へ牛乳の泉なんかがはいって来たんでしょうと訊くと、クイックシルヴァは彼の杖の方を指さしました。
『不思議のもとはすべてあれなんです、』クイックシルヴァは言いました、『そして、もしもおじいさんにそれが分ったら、一つ教えていただくとありがたいですね。僕にも自分の杖のことを何といっていいか分らないんです。それは、時々僕に夕飯を食べさしてくれるかと思うと、また時々それを盗んでしまったりするというような、変ないたずらを始終やるんです。僕がまあそんな馬鹿気たことを信じるとすれば、この杖には魔法がかかっているとでも言いますかね!』
 彼はそれ以上何も言わないで、ずるそうに彼等の顔を見たので、彼等は何だか彼にからかわれているような気がしました。クイックシルヴァが部屋を出て行くと、その魔法の杖は、彼のあとについて、ぴょんぴょん飛んで行きました。二人きりになってからも、その老夫婦は、しばらくその夕方の出来事について語り合って、それから床《ゆか》の上にごろりと横になって、ぐっすり眠ってしまいました。彼等は寝室を客達にゆずってしまったので、そこの板の間《ま》のほかに寝るところはなかったのですが、僕はその板の間《ま》が彼等の心のようにやさしく、やわらかであったことを心から祈ります。
 おじいさんとおばあさんとは、あくる朝、小早く起出しましたが、見知らぬ人達も、お日様と一しょに起きて、出発の用意をしました。
 フィリーモンは彼等に、ボーシスが牛の乳をしぼって、いろりで菓子を焼いて、それから多分いくつかの産みたての卵を見つけて、朝飯の用意をするまで、も少し出発を延ばすようにと、親切にすすめました。しかし客達は、暑くならないうちに、沢山歩いておいた方がいいと考えたようでした。そんなわけで、彼等はすぐ出発するといってききませんでしたが、その代り、フィリーモンとボーシスに、少し一しょに歩いて、どちらの道を行けばいいか教えてほしいと頼みました。
 そこで彼等四人はみんなで、古くからの友達のように話合いながら、家を出ました。老夫婦が知らず識らずのうちに年上の方の旅人と親しくなり、彼等の善良単純な心が、まるで二滴の水が限りない大海にとけ込むように、彼の心にとけ込む有様は、本当に不思議な
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