りとクイックシルヴァに見せてやろうと思って、彼女は壺を取り上げて、彼の鉢へ牛乳を注《つ》ぐ真似をして見せましたが、少しでも牛乳が出て来ようなどとは、勿論夢にも思っていなかったのでした。だから、沢山の牛乳がどくどくと流れ出して、泡を立てながら、たちまち鉢一杯になって、それからテイブルの上まで溢れ出した時の彼女の驚きはどんなだったでしょう! クイックシルヴァの杖にからんでいる二疋の蛇は、首をのばして、こぼれた牛乳をなめはじめました(但し、ボーシスもフィリーモンも、ちょうどこれには気がつきませんでしたが)。
それにまた、その牛乳はなんともいえない、いい匂いがしました! まるでフィリーモンの一頭きりの牛が、その日は、世界のどこにもないくらいいい草をたべて来たのかと思われるほどでした。僕は、大好きな君達みんなが、夕飯の時に、こんないい牛乳を飲むことが出来たら、どんなにいいだろうと思いますね!
『それから今度は、黒パンを一きれいただきましょう、ボーシスおばあさん、』クイックシルヴァは言いました、『それから、その蜂蜜を少しばかり!』
そこで、ボーシスは彼にパンを一きれ切ってやりました。彼女とおじいさんとが切ってたべた時、そのパンはどちらかといえば、ぱさぱさしていて、皮が固くて、うまくなかったのに、今度は、まるで焼いてからまだ幾時間もたっていないかのように、軽くて、しめり気があるのでした。テイブルにこぼれた屑をたべてみると、今までにパンをこんなにおいしいと思ったことがないほどいい味がするので、おばあさんは、ほとんど自分がこねて焼いたパンとは思えないくらいでした。しかし、ほかのパンである筈はありませんでした。
おう、しかし、蜂蜜と来たら! 僕はここで、それがどんなにいい匂いがして、どんなにいい色をしていたかを、くどくどと説明したりしないで、そっとしておいた方がいいかも知れません。その色は、少しもまじりけのない、澄み切った金の色で、匂いといったら、千も花を集めたようでした。それも、地上の花園に咲く花ではなくて、蜜蜂が雲の上高く飛んで行かなくては、見つからないような花の匂いです。ここにただ不思議なのは、それほどいい匂いで、凋《しぼ》む日もなく咲きほこる花壇にとまりながら、蜜蜂がフィリーモンの庭にある巣などへ、よくもまあ帰って来たものだということです。こんな結構な蜂蜜は、誰もまだ、たべたことも、見たことも、かいだこともないでしょう。その香気は、台所のあたりにただよって、何ともいえないほど気持がいいので、目を閉じると、たちまちにして低い天井や、くすぶった壁を忘れてしまって、この世のものとも思えないような匂いを放つすいかずら[#「すいかずら」に傍点]が一杯にからんだ東屋《あずまや》にいるような心地がしたことでしょう。
ボーシス婆さんは、何も知らない年寄でしたが、いろいろこうしたことが起っているのは、どうも何にしても、ただごとではないと思わずにはいられませんでした。そこで、お客様達にパンと蜂蜜とをすすめ、めいめいの皿に葡萄を一房ずつおいてから、フィリーモンの傍に坐って、彼女の見たことを、小声で彼に話しました。
『お前さん、こんなことって、今までに聞いたことがあるかい?』彼女は尋ねました。
『いや、まるでないね、』フィリーモンは、にっこり笑って答えました。『そして、お前、わしはどうもお前が、夢みたいな気持になって、ふらふらしていたんだと思うんだがね。もしもわしが牛乳をついでいたら、その辺のことはすぐに見抜いてしまっていただろうに。どうかして、お前が思ったよりもいくらか沢山、壺の中に牛乳が残っていたんだろうよ――ただそれだけのことさ。』
『ああ、うちの人、』とボーシスは言いました、『お前さんが、何と言おうと、この方々《かたがた》は、どうして、普通の人じゃないよ。』
『まあ、まあ、』とフィリーモンは、まだ笑いながら答えました、『多分そうだろう。あの人達はたしかに、もとは相当にやっていたらしい様子が見える。わしはあの人達が、こんなにおいしそうに夕飯を食べているのを見ると、嬉しい気がするよ。』
お客様達は今度は、めいめい自分の皿の上の葡萄を取りました。ボーシスは(もっとよく見るために、自分の目をこすってみたのですが)葡萄の房が何だか大きく、立派になって、一つ一つの葡萄のたまも、もう少しで熟した汁ではち切れそうになっているように思いました。小屋の壁に這っている、古い、いじけたあの葡萄の木に、どうしてこんな実がなったか、それが彼女には全く分らない気がしました。
『大変うまい葡萄だな、これは!』クイックシルヴァは、一つ一つむしってたべながらそう言いましたが、一向|房《ふさ》は小さくもならないようでした。『一体、おじいさん、これはどこからもいで来たんです?』
『う
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