り笑ツて、女の絹のやうな頬に、自分の櫻色の頬をくツつけて「決してお世辞でも何でもない、ほんとうの事をいふんですがね、私はこれまで真に女を思た事はありませんが、あなたにはどうしてこんなに迷ツたか、実に自分ながら不思議ですよ」女はいとゞうれしげに「たとひうそでも其お言葉は忘れません」「うそかまことか今に屹度しれますよ……お兄様も今頃は熱海へおつきでせうが、うらやましいのね」「これからやツぱり御一所にいきますもの、兄をうらやむには及びませんわ、それともあなたはまだ尾彦の花越とかを思ツていらツしやるの」「何の馬鹿な……そんなくだらない事はもういひツこなしさ、早く仕度をなさいよ」。

   (十)

 はれて妹背となる日をば、むなしくこゝに松島の観月楼上、三階の端いと近く立いでゝ、糸子は四方をながめながら「ほんとにどうもいゝ景色ですね、これにまさるところは日本にはありますまいね」寝ころんで居た今宮もおきてきて、糸子の肩に手をかけて「いゝのなんのツて丸で絵のやうですね」「あの向にみえるのは何といふ島ですか」「あれですか、あれは雄島です」「あの島は」「大黒島」「其側のは」「布袋島」「オホヽ……七福神
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