く怒るごとく目じりをすこしつけあげて「さうで御座いますね、だから早く露をお下げになつたらいゝでせう」「アア今に何とかするが姫お前もあの方がお出でになつても、あんまり房雄の方にお出でないよ」おどろいて「なぜでございますの、私は別に……」「なぜでも、今が嫁入前の大事の身体だから」「エヽ」「おどろく位物のわきまへがないのかへ」
(六)
人形片手に花子は、あはたゞしく兄のゐまに入りきたり愛らしきこゑにて「兄さん、こないだのいゝ姉さんがきたよ」丁は今しもよみかけし洋書を下におきながら、顔をしかめて「こちらへお出とお言ひ……それからおツ母さんはどこへいツたの」「赤坂の叔父さんとこへ」「さう、ぢや花ちやんは遊びにいツてもいゝよ」「アア」とうれしげにいでゝゆく。やがてまもなく入りきたりし女をみれば、別人ならぬ青柳子爵の愛妾お露、いとなれ/\しげに丁の側に座をしめて「マアうれしい、今日はいゝ塩梅に皆さんお留守ですね」物うげに「アアだが母はぢツきかへるよ……お前マどうしてきたの、何か用でもあるのか」うらめしげにぢツと見て「ハアあなた此頃はなぜ御前の方へいらツしやらないの」面倒くさそうに「だツてぢいさんのくだらない話が否で仕様がないからさ」涙声に力をいれて「うそばツかり」顔をしかめて「またそんな邪推をいふよ」腹立しげに「邪推ぢやありませんよ……あなたはもう私に秋風が立たのでせう」「馬鹿お言ひ、今日まで出入のできるのも、みんなお前のおかげだもの」「それをお忘れなさらないの」「忘れるもんか」「だツてあなた」「あなた/\ツてどうしたんだへ」「どうもしませんが……あのね、お姫様はあなたにこがれてわづらツてるの」「くだらない事を、此間行ツた時、あんなに丈夫でにこ/\してゐたぢやないか」「さうですよ。今は、もう直ツたんですもの……だが、お姫様の病気がよくなツたらあなたは御前の方へいらツしやらないもの、どうしてもあやしいわ」と三ツ輪の頭をうなだれる。今宮さてはと心のうちにおどろきしが、色にも見せず腹立しげに「とんでもない、馬鹿な事を、おれだツて房雄さんといろ/\話があるから、そんなにぢいさんの方にばかりもゆかれないよ、さうお前のやうに、うるさく疑ぐられてはほんとに否になるよ」涙ぐみながら「どうせそれやアお否でせうよ、私しやお姫様のやうに美くしくはないから」いま/\しさうに「ぢや何だね、おれと糸子さんと、何か訳でもあるといふんだね」泣ながら「ハア……だから私しやどうしやうかとおもふの」うるさくて仕様なければ、どうにかしてかへさんと、きツと心に思案して「どうしなくともなんとかかとかこぢつけて、早くさがツておれと夫婦になツたらいゝぢやないか、それともおれのやうな素寒貧はいやかへ」とにツこり笑ふうつくしさ。此一言にたらされて、今の怨もどこへやら、涙をはらひてうれしげに「あなた屹度、ほんとですか」「うそなんぞいふもんか」「そんならもう安心ですが」といひつゝ柱の時計を見て「オヤもう四時ツ、ほんとににくらしい時計ですね、仕方がない、今日はマアかへりませう、おそくなツてあらはれるといけないから」「さ様さね、其方がよからう」丁の腹の中、どうか早くあらはれて、おれのきずにはならぬやう、こいつばかりさげられてくれ。
(七)
奥方きツとかたちを正して、面色たゞならぬ殿にむかひ「御前、さうお怒り遊してはこまりますよ、御前はまだ迷つていらツしやるから、さ様な事を仰いますが、何の兄なもので御座いますか、露と今宮はどうしてもおかしう御座いますよ」御前ひどく立腹したる様子にて「ンそれにはたしかな證拠があるのか」とよもやあるまいといふ顔色、奥方は得意になつて「御座いますとも、何よりたしかな證拠には、区役所に杉田をやツて、戸籍をしらべてもらひましたら、うそもうそも、まつかなうそで露には男の兄弟なんぞないとの事で御座います」こゝにいたツて御前も最早一句もなく、苦々しげに意気地なくも「さうか、しかしともかく一応おれに相談してくれゝばよかツたのに」「オヤまだ御未練があるので御座いますか、ほんとに御前もう何で御座いますよ、お年がお年ですから大がいに遊した方がよう御座いませう……それはともかく、あの今宮のおかげで、実に大変で御座いますよ」「イヤ今宮は最初ツからおれも好かない男だツたが、実にけしからん奴だ……尤も露も露だが、して大変とはどんな事か」「外でもない、あの、房雄で御座いますがこまつた事には今宮にさそはれて、吉原通ばかり勉強したものと見え、学校は首尾よく落第したばかりか、昨日も今日も家へはかへツてまゐりませんから、どうした事かとさま/″\たづねてもらひましたら、マアおきゝ遊せ、かねて馴染の尾彦の小太夫とかいふ女をつれて、熱海へ行ツたとの事で御座います」これには御前もあきれはてゝ「
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