ではあなたいつものところへお出なさいよ、此頃ちつともいらつしやらないもんだから、きのふもおいらんからおことづけが御座いましたよ、ほんとに今宮さんは薄情ですね」得意になりてすつぱぬかれて、始めてのつもりの化の皮、血のでるまでにはぎとられ、山人大に閉口せしが、今更どうする事もならず、足のくせにて、うっかり馴染の茶屋にきたりしを、心のうちに後悔しながら「フヽヽヽいゝ加減な事ばかり、何でおれに馴染の女なんぞあるものか……然しどこに仕様ね」「オホヽヽお馴染みかどうかはぞんじませんが、どこに仕様なんてそんな浮気を仰らずに、いつもの尾彦になさいよ」「ぢやさうしやうかね……あなたいゝですか」房雄はなれぬあそび故あまりおもしろくはおもはねど、すでに同行せし上は、今更否ともいはれねば仕方なしに「ハアどこでもいゝんです」ときいてお神は如才なく、消炭をよびて「あの――お松や、お前尾彦へ行つて、お座敷を見てきておくれ」女は手をついて「ヘヱかしこまりました」といひつゝ一寸頭をあげて、今宮を見「オヤどなたかとぞんじましたら、マア旦那でいらつしやいますね、此頃は大変お見かぎりで御座いましたねヱ」お神はにこ/\笑ひながら「お松や、旦那は他へいゝところがおできになつたんだよ、おいらんにいひつけておやりな」「ホヽヽヽにくらしい事ね、さんざいひつけてまゐりませうよ」といでゝゆく。あとには今宮酒肴を命じておもしろおかしくさゞめきながら、三人とやかくくだらぬ事を話すうち、まもなくお松はかへりきたりて、「アノ丁度よろしう御座いましたよ」。

   (五)

 緞子の夜着をかきのけて「姫や、今日はどうだい、少しいゝ方ではないの」といふ母の情はありがたけれど、今しもうれしき夢を結びつゝ、ねぶり居し糸子はよびさまされしくやしさに、こたふる声もはか/″\しからず「ハイ……どうも」といひつゝ細き溜息をもらして枕の上に両手をのせ、其上にひたと額をつけて、苦しげにうつむきゐる。母君は、心配さうに「やつぱりいけないのかへこまるねへ、どんな風に苦しいの」いひつゝやせほそりし背中をなでさする、姫はいとゞ物うげに「どこつて……どこが苦しいかわかりませんが、只何となく気がふさいでいけませんもの……」「気がふさぐつてお前、何か心配な事か、気に入らない事でもあるのでないの、もしそんな事なら、私には遠慮せずと、話すがいゝよ」「イイヱ決してそんな事は御座いませんけれど……」「ぢややつぱり脳でもわるいのだらう、後に葉山先生もいらつしやるから、猶よく見ていたゞくがいゝよ」「ハイなに大した事でも御座いませんから、今によくなりませうよ」「どうかはやく直ればいゝが……お前そんなにうつむいてゐると猶更ひどく頭痛がするよ」といひつゝ携へきたりし本をいだして「これ……これはね、此頃房雄が始めてかいた小説だとさ、一寸御らんな、あの放蕩山人が直したのだよ」といはれて糸子は顔ふりあげ、一寸表紙を見て「まよひの雲つてへ名ですか……オヤこの字は兄様ぢや御座いませんね」「アア今宮さんだよ、上代様で中々お上手ね」「おつ母様はもう御らん遊したの」「アアよんだの、一寸面白かつたよ……しかしねヱ、それはともかく、どうもこまるよ」いぶかしさうに「ヱヽ」「あの今宮さんがお出になると、とかく露がそは/\して……向はあゝいふ名高いほうだから大丈夫だらうが、どうも外の女中どもが二人の事をかれこれいふから……さうかと言つてお父様までが、此頃ぢや折々今宮さんとお話など遊すもんだから其都度お茶をだしたり何かをする露を、かれこれいはれもせず、それにあの方はいゝ方には相違ないが、どうしたもんだか、房雄は、今宮さんとおちかづきになつてからはとかく外にばかり出たがるから、そんな事はなからうと思ふけれど、あの方はもし仮面かぶりぢやないかと、時々考へるが、姫、お前は何とおもふの」もし我心を見ぬきてのお言葉かと糸子は思はず顔あかめしが、さあらぬ体に「ですがおツ母様、露なんぞはもと/\いやしい女ですから、ふだんでも俳優や何かの写真なぞ持てますもの……あの方もあんまりお美しいから、自分ひとり例の浮気で、そは/\してるので御座いませう、あの方に限つて仮面かぶりなんてそんな事は御座いますまいよ……又兄様だつて文学上のお話が面白さに、つひおかへりもおそくおなり遊すのでせう」母はつく/″\きゝをはりて「さうだらうと思ふけれど」「さうで御座いますとも……ですがおツ母様、何なら露を下げて、外の女をおやとひになつたらよう御座いませう」「さ様さね……それから此頃妙だと思つたのは、お父様は何とも仰らないが、お京とお照があのかう言つてたよ、今宮様はお露さんの兄さんだとさつて、妙ぢやないか、お父様はあゝいふ方だから、何か露がいゝかげんな事を申上げてるのぢやないかと思ふよ」糸子はいとゞいぶかる如
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