んな事は御座いませんけれど……」「ぢややつぱり脳でもわるいのだらう、後に葉山先生もいらつしやるから、猶よく見ていたゞくがいゝよ」「ハイなに大した事でも御座いませんから、今によくなりませうよ」「どうかはやく直ればいゝが……お前そんなにうつむいてゐると猶更ひどく頭痛がするよ」といひつゝ携へきたりし本をいだして「これ……これはね、此頃房雄が始めてかいた小説だとさ、一寸御らんな、あの放蕩山人が直したのだよ」といはれて糸子は顔ふりあげ、一寸表紙を見て「まよひの雲つてへ名ですか……オヤこの字は兄様ぢや御座いませんね」「アア今宮さんだよ、上代様で中々お上手ね」「おつ母様はもう御らん遊したの」「アアよんだの、一寸面白かつたよ……しかしねヱ、それはともかく、どうもこまるよ」いぶかしさうに「ヱヽ」「あの今宮さんがお出になると、とかく露がそは/\して……向はあゝいふ名高いほうだから大丈夫だらうが、どうも外の女中どもが二人の事をかれこれいふから……さうかと言つてお父様までが、此頃ぢや折々今宮さんとお話など遊すもんだから其都度お茶をだしたり何かをする露を、かれこれいはれもせず、それにあの方はいゝ方には相違ないが、どうしたもんだか、房雄は、今宮さんとおちかづきになつてからはとかく外にばかり出たがるから、そんな事はなからうと思ふけれど、あの方はもし仮面かぶりぢやないかと、時々考へるが、姫、お前は何とおもふの」もし我心を見ぬきてのお言葉かと糸子は思はず顔あかめしが、さあらぬ体に「ですがおツ母様、露なんぞはもと/\いやしい女ですから、ふだんでも俳優や何かの写真なぞ持てますもの……あの方もあんまりお美しいから、自分ひとり例の浮気で、そは/\してるので御座いませう、あの方に限つて仮面かぶりなんてそんな事は御座いますまいよ……又兄様だつて文学上のお話が面白さに、つひおかへりもおそくおなり遊すのでせう」母はつく/″\きゝをはりて「さうだらうと思ふけれど」「さうで御座いますとも……ですがおツ母様、何なら露を下げて、外の女をおやとひになつたらよう御座いませう」「さ様さね……それから此頃妙だと思つたのは、お父様は何とも仰らないが、お京とお照があのかう言つてたよ、今宮様はお露さんの兄さんだとさつて、妙ぢやないか、お父様はあゝいふ方だから、何か露がいゝかげんな事を申上げてるのぢやないかと思ふよ」糸子はいとゞいぶかる如
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