たせながら謎のような眼つきをして、自分に媚る若い男の囁きに耳を傾けていたらばなどと、例の空想をほしいままにしながら夫の言葉など上の空できき流していた。
彼女は衣服《きもの》も満足なのは持っていなかった。その他宝石|頸《えり》飾りの類、およそ彼女がこの世の中に欲しいと思うような身の周囲《まわり》の化装品は一つとして彼女のままにはならなかった。彼女は実際それらのものを衣飾に為してこの世に生まれてきたのだと考えていたのだ。如何かして世の中の人を羨ましてやりたい。男を迷わしてやりたい。そうして、自分は何時も男につき纏われてみたいと、このようなことのみ思い続けていた。
彼女には幼い頃から親しくしていた学校朋輩がある。しかし、その友人というのはかなりな財産家の娘なので、初めの内こそ二、三度訪ねてみたこともあったが、それは余計に自分を苦しませる種なので、それなり交わりを絶ってしまった。今ではその友の顔をみるさえはなはだしい苦痛なのである。
ある晩のことであった。夫はいつになくイソイソ[#「イソイソ」に傍点]として帰ってきた。閾を跨ぐや否や彼女に一個の封筒を指し示しながら、
「そら、お前にいいも
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