ああ! 彼女にはいま、その頃のことが何もかも思い出されて来るのだった。その土地へ着いた時のこと、生れて初めて住むその家で過した第一日のこと、それにつづく孤独な生活のことなどが、それからそれへと思い出されて来るのだった。
馬車を降りて、その時代のついた古めかしい家を見ると、彼女は笑いながら、思わずこう叫んでしまった。
「まあ、陰気ッたらないのね!」
すると、こんどは良人が笑いだして、こう云った。
「馬鹿なことを云っちゃアいけないよ。住めば都さ。見ていてごらん、お前にもここが好くって好くって、仕様がなくなっちまうから――。だって、この僕が永年ここで暮していて、ついぞ退屈したなんてことが無いんだからね」
その日は暇さえあると二人は接吻ばかりしていた。で、彼女はその一日を格別長いとも思わなかった。二人はその翌日も同じようなことをして暮してしまった。こうして、まる一週間というものは、夢のように過ぎ去った。
それから、彼女は家のなかを片づけ出した。これがたッぷり一月《ひとつき》かかった。何となく物足りない気はしたが、それでも仕事に紛れて、日が一日一日とたって行った。彼女は生活上の別に取
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