はそれを自分の妻が月が欲しいと云っているぐらいに聞き流していた。そんな装置を片田舎のパルヴィールに据えつけることは、彼には、魔法の石を見つけだすぐらいに、不可能なことだと思われたのである。
 ある日、良人は用事があってルーアンまで行ったので、帰りがけに、小さな脚炉《あしあぶり》をひとつ買って来た。彼はそれを「携帯用の煖房だ」などと云って笑っていた。良人はそれがあれば妻にこののち寒い思いは死ぬまでさせずに済むと思っていたのである。
 十二月ももう末になってからのことである。こんなことでは到底生きてゆかれぬと思ったので、彼女はある晩、良人に恐る恐る頼んでみた。
「ねえ、あなた。どうでしょうね、春になるまでに二人で巴里へ行って、一週間か二週間、巴里で暮してみないこと?」
 良人は肝をつぶして云った。
「巴里へ行く? そりゃアまたどうしてだい? 巴里へ何をしに行こうッてんだい? 駄目だよ、そんなことを云っちゃ――。飛んでもないことだよ。ここにこうしていりゃア、お前、好すぎるくらい好《い》いじゃないか。お前ッて女は、時々、妙なことを思いつくんだねえ」
 彼女は呟くような声で云った。
「そうでもす
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