しています。恋しています。あなたを死ぬほど恋しています。もし僕をだましでもしたら、いいですか、僕を棄ててほかの男とそういうことになるようなことでもあったら、僕はお父さんのしようなことをやりますよ――」
そして、少年はまた、私が思わずぞッとしたほど深刻な声で、こうつけ足して云うのでした。
「ご存じでしょうね、お父さんがどんなことをしたか」
私がおどおどしていると、少年はやがて起《た》ち上って、私よりも背丈が低かったので、爪さきで背伸びをするようにして、私の耳もとに口を寄せると、私の名、それも呼名を、優しい、親しげな、美しい声で「ジュヌヴィエーヴ」と囁くので、私は水でも浴せられたように、背筋がぞうッとしました。
私は口ごもりながら云ったのです。
「帰りましょう。さ、帰りましょう!」
すると少年はもうなんいも云わずに、私のあとについて来ました。が、私たちが入口の段々をあがろうとすると、私を呼びとめて、
「よござんすか、僕を棄てたら、自殺をしますよ」
私も、その時になって、冗談がちと過ぎていたことにようやく気がつきましたので、それからは少し慎しむようにしました。ある日、少年はそのことで私を責めましたので、私はこう答えたのです。
「あなたはもう冗談を云うには大きすぎるし、そうかと云って真面目な恋をするには、まだ年がわか過ぎてよ。あたし、待っているわ」
私はそれでけり[#「けり」に傍点]がついたものとばッかり思っていたのです。
秋になるとその少年は寄宿舎に入れられました。翌年の夏にその少年が帰って来た時には、私はほかの男と婚約をしておりました。その子はすぐにそれを覚って、一週間ばかりと云うもの、何かじッと思い沈んでおりましたので、私もそのことをだいぶ気にかけていたのです。
九日目の朝のことでした、私が起きますと、扉の下から差込んだ一枚の紙片があるのが目にとまりました。拾いあげて、開いて読みますと、こう書いてあるのです。
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あなたは僕をお棄てになりましたね。僕がいつぞや申し上げたことは、覚えておいででしょう。あなたは僕に死ねとお命じになったのです。あなた以外の者に自分のああしたすがたを見つけられたくありませんので、去年、僕があなたを恋していると申し上げた、庭のあの場所まで来て、うえを見て下さい。
[#ここで字下げ終わり]
私は気でも狂う
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