私は手に一ぱいつかみ、私はそれを愛撫した。そして、思い出に今は物狂おしくなった私の心の中に、私は棄てた時の女の姿を一人々々見たのである。と、私は地獄の話が書いてある物語で想像されるあらゆる苦痛より遥かに苦しい気がした。
最後に私の手には一通の手紙が残った。それは私の書いたもので、私が五十年前に習字の先生の言葉を書き取ったものだ。
その手紙にはこうあった、
[#ここから2字下げ]
ボクノ 大スキナ オ母アサマ
キョウ ボクハ 七ツニナリマシタ 七ツトイウト モウ イイ子ニナラナクテハイケナイ年デス ボクハ コノ年ヲ ボクヲ生ンデ下サッタ オ母アサマニ オ礼ヲ云ウタメニ ツカイマス
[#ここで字下げ終わり]
[#地から5字上げ]オ母アサマガダレヨリモスキナ
[#地から12字上げ]オ母アサマノ子
[#地から2字上げ]ロベエル
手紙はこれだけだった。私はこれでもう河の源まで溯ってしまったのだ。私は突然自分の残生《おいさき》のほうを見ようとして振返ってみた。私は醜い、淋しい老年と、間近に迫っている老衰とを見た。そして、すべてはそれで終りなのだ、それで何もかもが終りなのだ! しかも私の身のまわりには誰ひとりいない!
私の拳銃はそこに、テーブルの上にのっている、――私はその引金をおこした、――諸君は断じて旧い手紙を読んではいけない!
世間の人は大きな苦悶や悲歎を探し出そうとして、自殺者の生涯をいたずらに穿鑿《せんさく》する。だが、多くの人が自殺をするのは、以上の手記にあるようなことに因るのであろう。
底本:「モオパッサン短篇集 色ざんげ 他十篇」改造文庫、改造社出版
1937(昭和12)年5月20日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「凡ゆる→あらゆる 或る→ある 或は→あるいは 何時→いつ 一層→いっそう 恐らく→おそらく 却って→かえって 可なり→かなり 此の→この 然る→しかる (て)了→しま 直ぐ→すぐ 凡て→すべて 丈→だけ 慥かに→たしかに 偶々→たまたま 丁と→ちゃんと 屡々→ちょいちょい 何う→どう 程→ほど 殆ど→ほとんど 復た→また (て)見て→みて 最う→もう 若しも→もしも 矢張り→やはり」
※読みにくい漢字には適宜、底本にはないルビを付しました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(山本貴之)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2006年4月30日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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