は?」とうとう友が口に出して訊いた。私は立止った。私達は小さな空地の傍まで来ているのであった。
「若し僕の考えが当っているとしたら、兇器は先ずこの空地の、その辺の叢《くさむら》に捨てられてある筈だが――」
私の言葉に、友は犬のような素早さで早速空地へ這入って行った。それからきょろきょろと草の間を眺め廻した。ステッキの尖端が柔かい春の土の上を縦横に動いた。
「いや捜すのは待ってくれ」私は懸命な声を出して友を止めた。「若しそこに兇器が見付かったら、却って僕は苦しむようなことになる気がする。止めてくれ止めてくれ。その代り僕のそう云う考えだけを話すから」
私は、あのゲーム取りの娘の、涙にくれる姿を胸に描いて踵《くびす》を返した。
あの南洋の男とゲーム取りとが、兄妹か何かであったとして、止むに止まれぬ事情があって、それであの黒子の男に対して、苦心の末にながい間の復讐をとげた――そう考えた場合、覚えの腕で短刀を投げて、首尾よく目的を果した南洋の男が、短刀に結んだ紐を引いて、それを突嗟《とっさ》の間に自分の手許から袖の中にでもかくしたのだ、としたら……事件が解って人々が騒ぎはじめる。ゲーム取りの娘が交番へ――その時、かねて喋《しめ》し合わした兄の手から妹の手へ、その兇器は渡らないでいるだろうか。妹は交番へ行く途中をたくみに兇器をどこかへかくしたのだ――磨ぎ澄まされた業物《わざもの》なら、大して眼につく程の血痕など附着する心配はない。あのゲーム取りと南洋の男に、些《いささ》かも関係はなかったと誰が云い得る? そして犯行は、決して物盗りが原因とは云えないのではないか。
私の考えはそれであった。私の脳裡にはもう一度、美しい娘の顔がうれわしげに浮んだ。私は娘が好きであった。あるいは、そんな言葉よりもっとつき進んだ感情があったかも知れなかった。
私は来た時の目的をひるがえして、空地を検《あらた》めるのを止めて引返した。この僅かな気持は、大方の読者にも解って頂けることと信じる。
友は私を追いかけて来た。そして諸君よ、ああ友は小さくもない声で云ったではないか。
「君、君、そのまま放っては置いたけれど、あの草の中に短刀があったぜ。血の付いてるところまでは見なかったが、新しい奴だ。柄を上にして、そう草の中へつき刺したものらしい。もう一度行って見るか?」
「違う違う、君の見違いだ。なんかブリキの切れだろう」
私はそう云って振り向きもしなかったことである。
[#地付き](「探偵」一九三一年六月)
底本:「「探偵」傑作選 幻の探偵雑誌9」光文社文庫、光文社
2002(平成14)年1月20日初版1刷発行
初出:「探偵」駿南社
1931(昭和6)年6月号
入力:川山隆
校正:伊藤時也
2008年11月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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