れたが、この青年には犯人としての疑いは少なかったのか、係官の訊問は割に早く済んだ。
次には「ざまあ見ろ」と叫んだワイシャツの青年が取り調べられた。がこれは、当時被害者とは距離の上で誰よりも遠かったのと、「ざまあ見ろ」と競技に熱中した結果と云うのでやはり相当なところで訊問を打ち切られた。
三番目に取り調べられた男は、二十七八歳の商人風で、角帯に陸上競技のメダルをぶら下げていると云った風な、頭も真中からぴったりと分けていたが、これは住所氏名を問われて何か逡巡するところがあった為、人よりは余計に不必要と思われるまでを追及して訊問された。
「何分にも店が姦《やか》ましいものでございますから、途中で撞球などしていたことが解りましては……」
その男はそう云ってちょっと頭をかいた。それからゲーム取りの方をチラと盗み見た。
「何処を見る? こら!」
係官は苦笑をしのびながら叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]《しった》した。角帯の男の瞳には、その自分の権威なきみじめな様子を、想うゲーム取りに蔑んで見られはしまいかと云う馬鹿な危惧が、ありありと表われていたからである。
十七歳と云う美しいゲーム取りは、そうした感情には全然関係のないらしい、幾分は子供らしいおびえた様で警官の様子ばかりを眺めていた。
第四番目に取り調べられたのは禿頭《とうとう》の老人であった。これは商売人の隠居で、腰も低く、交番の巡査が相識の間であったから、一通りの訊問以外には何も訊かれなかった。
私には様々なことが訊ねられた。ぐぐぐぐと云う呻《うめ》きの聞えた当初から、その時の七人の位置、ゲーム中の黒子の男の言葉、態度、面識、感じ、そんなものまでが細々と訊ねられた。
憎々しい相手ではあった。己れの勝に乗って、相手の技倆《ぎりょう》まで云々するような下品な黒子の男ではあった。が死者に対する礼――そうしたものを感じた私は、特に個人的なそんな感情まで答えることはしなかった。又、この事件では、それ程の必要はなかったのである。
最後に、チョークを拾った新しい撞手が訊問された。
「いいか」と係官が云った。「この傷の深さからすると、これは兇器を手に持って直接突込んだものではない。それから方向から云うと、傷は、恰度お前がチョークを拾うためにこの台の側に跼んだその辺からやられた、そんな見当になる。ここから投げると、少し覚えのあるものなら、充分あの男を斃すことが出来るのだ。ちょっと跼んで、短刀をそこへ投げつける格好をやって見い」
係官は、この南洋土人のような色の黒い男を、特に我々にはしなかったお前[#「お前」に傍点]と云う言葉で呼んだ。そして押しつけるような声音でそう云うと、もう罪人を扱うような態度で、その新しい撞手の肩の辺を押しやって、無理矢理球台の下へ跼ましていた。
男の顔は蒼ざめていた。それから身体全体が、ぶるぶる顫《ふる》えているのが私にさえ見てとれた。
「とに角、お前は一応本署まで連行する。兇器はいったい何処へやったのだ」
係官のその言葉は鋭かった。
「貴様|白《しら》を切って解らずにいると思うか! 貴様はこの間まで曲馬団にいたではないか! 印度《いんど》人に化けて投剣とか云うのをやっていたではないか。こら! 何故殺したか、そんなことは後でよろしい。兇器はいったい何処にかくした?」
私はハッと思い当ることがあった。そうして捜査官の鋭さに一驚した。そうだそうだ、確にこの男はあの曲馬団にいた偽《にせ》の印度人に違いない。この撞球室へも今日はじめての客であった。来る早々から何か含むところがあるような態度で、私には好意は持てたが変に不審な気のする客であった。
考えて見ると、なる程あの時、若し短刀を投げたとして、一番恰好な位置にいたのはこの男である。そう云えば、チョークを拾うためとのみ見た、すうっと跼んだままで伸びて行ったこの男の右手は、問題の短刀を握っていたのではあるまいか。いやチョークを拾うにしては、そうだ、右手の高さが確に床よりはだいぶ高い空間にあった。
「知りません――」
と偽の印度人が云っていた。落付きが、黒い顔に浮んで来ていた。
「兇器なんて――どうかよくお調べになって下さい」
係官は、実にむずかしい表情をしていた。怒声が、今にも爆発するかと思うような恐ろしい顔付であった。が「いまいましい奴」と噛みしめたように男を睨んだだけで、その怒声は放たれずに済んだ。
明らかに、係官にも今一歩、つき進むことの出来ないものがあったのである。問題の兇器の行方の知れないことがそれであった。
係官の推理の跡を辿《たど》って見ると、これが他殺に間違いないから、犯人は明白以上にこの南洋の男でなければならない。そのことは私にすらが充分うなずかれた。が兇器は? この問題に
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