か。ことに私は、あの晩真っ先に自分の肉体を隅々まで調べられているのです。そうです、あの名のないお湯屋の中で。
あの女が歌舞伎へ連れて行った赤ん坊は、ああ確かに私の子供なのだ。彼等は子供の欲しい一念から、あんな風に私を利用した。利用した果ては殺そうとした。一一一六六六の自動車は、あの不思議な町から久し振りに往来へ出た私を轢き殺そうとした自動車なのだ。運転手の顔は知っている! そしてようやく私があの老人に面会すれば、なんということぞ、彼等はその金と権力を持って、とうとう私をこんなところへ入れてしまった。弁解すれば弁解するほど病人にされる、ぬけることのできないこの地獄へ私を陥れてしまった。ああ誰が、誰がこの私の話を少しでも信じてくれるだろうか。あの子供を、やがての子爵を、私の子供と知ってくれるだろうか――」
割に自由な瘋癲《ふうてん》病院の一室で、寺内氏はこれだけの物語を私にしてきかせたのである。氏が自殺したときいて私はこれをまざまざと思い出した。
読者はこの物語を、やはり精神病者の言葉として、少しも信じてはくれないだろうか、考えてはくれないだろうか。
底本:「鮎川哲也編 怪奇探
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