させた危険人物だということも解って来た。けれども、ゴメズがカラタール氏に心服して仕えていたことは疑いのない事実だった。カラタール氏は、前にも言ったように、小兵な体躯《からだ》なので、護衛者としてゴメズを傭《やと》っていたのだ。
 が、そのカラタール氏が大急行で巴里《パリー》まで行こうとしたその目的は一体何であろう――それについては、巴里《パリー》方面からは何等の報道も来なかった。しかし、列車事件にからんだ凡ての事実は、この一事の中《うち》にこそ一切の秘密を集めているのではないか、この一事さえはっきりと解るならば………
 そこへ、あのマルセイユの方の諸新聞に一せいに掲げられたヘルバート・ドゥ・レルナークの告白とはなったのだ。ヘルバート、それはボンヴァローという一人の実業家の殺人犯人として死刑の宣告を受けて、現にマルセイユの監獄に繋がれている男なのだ。記者は次にその告白の全文を文字通りに訳出してみたいと思う――
『自分がこの告白の公表を敢てするのは、決して単なる誇慢の心からではない。もしそれが目的ならば、自分は自分の美談として世に残るべきほどの行為を十ほども数え挙げることが出来るものだから。そんなことではない、カラタール氏の運命についてここに語ることの出来る自分が、同時にまたあの事件を何人《なんびと》の利益のために、何人《なんびと》に依頼されて実行したかをあばくことの出来る人間であるということを、現在|巴里《パリー》に時めく若干《なにがし》かの紳士《ジェントルマン》等に思い知らせるためである。もしその紳士《ジェントルマン》等が余の死刑執行に対して猶予の方法を一日も速《すみや》かに講じようと欲しない限りは。閣下等よ、警戒したまえ、臍《ほぞ》を噛むとも間に合わぬような失態を演じないうちに!閣下等はこのヘルバート・ドゥ・レルナークをよく御存じのはずだ、そしてレルナークの行為《おこない》は語《ことば》のように速かであることをお忘れではないはずだ。今は一日を惜む。でないと、閣下等の万事は休するのだ!
『なるほど現在では、自分も口をつぐんで閣下等の尊名をあばくことをすまい。しかし、自分がかつて自分の抱え主等に対して忠実を誓ったように、彼等は現在の余に対して忠実であるだろうことを自分は信じたい。自分はかく希望する、そしてもし自分が、不幸にして彼等が遂に自分を裏切ったという確信を得るに至るであろうならば、それらの姓名を天下に公表するべく自分は一時も躊躇しないであろう――おそらくそれらの罪の名は全欧洲を震駭するでもあろうが。
『一口にいえば、当時――千九百――年――巴里《パリー》には、政治経済界に勃発した奇々怪々な疑獄事件に関連して有名な恐慌がやって来たのだ。仏蘭西《フランス》を代表する幾多の巨頭の名誉と経歴とは全く危機に瀕していた。そこへもし大西洋の彼方から、あのカラタール氏が爆弾のように飛込んで来ようものなら、彼等巨頭連の存在は一たまりもなく将棊《しょうぎ》倒しにされてしまうのだ。しかもその爆弾は今まさに南|亜米利加《アメリカ》から、巴里《パリー》の空|目蒐《めが》けて飛翔の準備中であるという警鐘は乱打されているのだ。そこで、どうしてもカラタール氏をして仏蘭西《フランス》の地を踏ませない策略を講じなければならないこととなった。そこで彼等は組合《シンジケート》をつくって危急に当ろうと決心した。組合は無限の金力を動かすことが出来た。この巨大な金力を自由にふるって、カラタール氏の入国を絶対にはばむことの出来る人物を彼等は求め始めた。人物、それは独創力に富んだ、果断な、そして眼から鼻へ抜けるような男――百万人中の一人でなければならなかった。彼等はこのヘルバート・ドゥ・レルナークを択んだのだ。その点で自分は彼等の、否《いな》閣下等の明を正しいと言っておく。
『自分の義務は、多くの輩下を探し出し、金力を自由に駆使して、カラタール氏の入国入市を妨害することだった。命令一下、自分は非凡な精力を傾けて、すでに一時間の後《のち》には義務を遂行すべく秘密の活躍を開始していた。
『自分は自分の片腕と頼む男を南|亜米利加《アメリカ》に急行させてカラタール氏と同船させることにした。もしこの男の着米が今一歩早かったならば、船は決してリヴァプールの港を見ることが出来なかっただろうに。けれども、船は既に出航した後《のち》だったのだ、あらゆる偉大な策略家がそうであるように。しかし、自分は失敗に対する第二策第三策をちゃんと準備していたのだ。で、この場合、我々は単にカラタール氏の命を奪えばいいのではない、カラタール氏の携えている書類をも、そして彼の従者等の命をも、もしカラタール氏が彼等に秘密を打明けておると信ずべき理由があるなら、奪わなければならないのだ。
『大西洋の彼方で長蛇を逸し
前へ 次へ
全9ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ドイル アーサー・コナン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング