でかち得ておいた評判や、また二三の成功などのために、私はすごい勢《いきおい》ではやり出しました。そしてこの一二年の間に、私は彼をすっかりお金持ちにしてやってしまったのです。
ホームズさん、私の今日まではこんな風な生涯だったのです。そしてまたブレシントンとの関係も今お話したようなわけだったのです。――そこでこれからお話しなければならないのは、今夜の出来ごとなのですが……
ちょうど二三週間前のことでした。ブレシントン氏が突然に、私の所へやって参りましたが、彼は何だか、変にイライラしているらしいような様子でした。そして彼はしきりに、西部地方で起きた盗難事件のことを話し、滑稽なほど昂奮して、どうしても私たちも二三日のうちに、窓や扉へ丈夫な閂《かんぬき》をつけなくてはならないと主張するのでした。そうして、それからと云うものは一週間の間、毎日休みなく窓から外をのぞいては見るのです。そして彼が昼飯をとる前には必ずその辺をブラブラして来る恒例の散歩もやめてしまって、その奇妙な昂奮状態にいるのでした。――こうした彼の様子から、私は、彼が何かの恐迫観念に捕われているのに相違ない、と感づきました。しかし私が彼に、何かそのことについてきき出すと、彼は猛烈に反抗的になって来て、どうしても何か他の事に話をそらしてしまわないわけにはいかないのでした。が、――有難いことに、そんな風にしてしばらく日を経ているうちに、次第に彼の恐迫観念は消えていって、また普通の彼にかえったのです。ところが、事実はそれはツカの間の喜びで、また新しい出来事が彼を再び気の毒な虚脱の状態にもどらしてしまったのでした。そうして現在彼はその状態にいるのです。
一体、その彼を再びそんな状態に追い込んだ出来事と云うのは、どんな出来事なのか? と申しますと、二日前のことでした。今あなたに読んでおきかせしますが、一通の、日附けもなければ、住所も書いてない手紙を受取ったのです。
[#ここから1字下げ]
――こちらはただいまイギリスに滞在中のロシヤの貴族ですが、――
と、その手紙は書き出されていました。ペルシー・トレベリアン博士に御診察をぜひお願いしたいと思っております。実はこちらの患者は数年来、顛癇の発作に悩まされているのでございます。幸いトレベリアン博士は顛癇病の大家であるとききましたので、明日午後六時十五分頃にお伺い致したいと思います。御迷惑でも御在宅のほど御願い申上げます。
[#ここで字下げ終わり]
この手紙は私に深い興味を起こさせました。なぜなら、この顛癇病の研究にとって、一番苦しいことは患者が非常に少いと云うことだったからです。ですからその翌日、その手紙が指定して来た時間に、私はちゃんと診察室に坐って、その患者の来るのを待っていたことは申すまでもありません。
その男は年をとった、痩せぎすな真面目そうな当り前な男で、どこにもロシアの貴族と云ったような感じは少しもありませんでした。が、それよりももっと私を驚かしたのは、その患者の附添いの男でした。それは背の高い若い男で、色の浅黒いしっかりした顔つきに、ヘラクレスのような丈夫そうな四肢と胸とを持っている、見るから堂々とした男でした、彼は患者を肩に倚りかからせながら這入って来て、静かに椅子に腰かけさせました。彼の表情を見ていただけでは、彼のどこに、そんな風に患者をいたわるやさしさがあるのだろうと思えるほど、彼は堂々としていたのです。
「ごめん下さい、先生」
と、彼は流暢な英語で挨拶しました。
「これは私の父でございます。私にとってはこの父の健康は、何ものにもかえがたい大切なものなのです」
私は彼のその子としての心痛にいたく心を動かされました。
「診察にお立ち合いになりますか?」
私は云いました。
「とんでもない」
彼は恐ろしそうな顔をして叫びました。
「とても私には苦しくって見てはいられないんです。私は父親が、この病気の発作に襲われるのを見るたびに、まるで死んだような気がするのです。私の神経組織は、お話にならないほど弱々しく敏感なんです。――私はお許しをいただいて、診察が終るまで待合室で待っております」
無論私は彼の申出に同意しました。そしてその若い男は診察室から出て行きました。こんな風にして、いよいよ私は、患者と二人きりになり、その診察に移り、私はその様子を熱心にノートに記して行きました。患者にあまり高い教養はないらしく、時々その答弁は曖昧に分かりにくくなりましたが、私はそれを彼が私たちの国の言葉にまだ不馴れだからだ、と云うような様子を装ってやりました。けれどもそのうちに突然に、彼は私の問いに答えるのをやめましたので、私は驚いて彼を見ていますと、彼はやがて椅子から立ち上って、全く無表情な硬わばった顔をして、私をまじまじと見詰め
前へ
次へ
全13ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ドイル アーサー・コナン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング