りを小暗《おぐら》くしていた。
「ああ、やって来るよ、あの娘が……。ああ、やって来るよ」と、測り知れぬ優しさと、憐れみの籠った声で、船長は叫んだ。
 それはあたかも長いあいだ待ち設けていた愛情をもって、可愛い者を慰めてやるように――。そうしてまた、愛を与えるのは、受けるのと同じく愉快であるといったように――。
 その次のことは、まったく瞬間的に突発したのであって、私には何とも手のくだしようがなかった。彼は舷檣の天辺《てっぺん》にむかって飛んだ。それから再び飛ぶと、彼はすでに氷の上にあって、かの蒼白い朦朧たる物の足もとに立ったのである。彼はそれを抱くように両手を衝《つ》と差し出した。そうして、両方の腕をひろげて、何か色めいた言葉を口にしながら、闇の中へまっしぐらに走り去った。
 わたしは硬くなって突っ立ったままで、その声が遠く消えてしまうまで、闇に吸われてゆく彼の姿を、大きい眼で見送っていた。私は再び彼の姿を見ようとは思わなかった。ところが、その瞬間に月は雲のあいだから皎《こう》こうと輝き出《いで》て、大氷原の上を照らしたので、わたしは氷原を横切って非常の速力で走ってゆく彼の黒影を、遙か
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