のほかの部分では、たといいかに不毛の地であろうとも、微《かす》かながらも大気の振動というものがある。――遠くの人の集まっている処からも、あるいは木の葉から、あるいは鳥の翼《つばさ》から、または地をおおう草のかすかなざわめきの音からさえも、何かかすかな響きがあるものである。人間は積極的に音響を知覚こそしないが、もし音というものが全然なくなってしまうと、実に物足りなくて寂しいものである。測り知られざる真の静けさが、あらゆる現実の無気味さをもって、われわれの上に押しせまっているのは、ここ北極の海においてのみで、わずかなつぶやきの声をも捉《とら》えんとして緊張し、船中にちょっと起こった小さい物音にまで熱心に注意する、われと我が鼓膜に気がつくのである。
こんな心持ちで、わたしは舷檣にひとり倚《よ》りかかっていると、ほとんど私のすぐ下の氷から、夜の静寂の空気を破って、鋭い尖《とが》った叫び声がひびいてきた。
最初はあたかも楽劇の首歌妓《プリマドンナ》も及ばぬような佳《い》い音調で、それがだんだんに調子を上げて、ついにその頂点は苦痛の長い号泣と変わってしまった。これは死者の最期の絶叫であったかも
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