寝棚によりかかりながら、「あれは妄想であったよ。君、なんでもないのだよ」と、ささやいた。
 朝食後、彼は食物がまだどれほどあるかを調べて来るように、わたしに命じたので、早速二等運転士とともに行ったところ、食物は予期したよりも遙かに少なかった。船の前部に、ビスケットの半分ばかりはいったタンクが一つと、塩漬けの肉が三樽、それから極めてわずかのコーヒーの実と、砂糖とがある。また、後船鎗と戸棚の中とに、鮭の鑵詰、スープ、羊肉の旨煮《うまに》、その他のご馳走がある。しかし、それとても五十人の船員が食ったらば、瞬《またた》くひまに無くなってしまうことであろう。なお貯蔵室に粉《こな》二樽と、それから数の知れないほどに煙草がたくさんある。それら全体を引っくるめたところで、各自の食量を半減して、約十八日|乃至《ないし》二十日間ぐらいを支え得るだけのものがある――おそらく、それ以上はとうてい困難であろう。
 われわれ両人がこの事情を報告すると、船長は全員をあつめて、後甲板の上から一場の訓示を試みた。私はこの時ほどの立派な彼というものを今まで見たことがない。丈高く引きしまった体躯、色やや浅黒く溌剌たる顔、彼
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