候はないかね。一番最初の徴候は何かね」
「頭痛、耳鳴り、眩暈《めまい》、幻想……まあ、そんなものです」
「ああ、なんだって……?」と、突然に彼はさえぎった。「どんなのを幻想《デルージョン》というのだね」
「そこに無いものを見るのが幻想です」
「だって、あの女はあすこにいたのだよ」と、彼はうめくように言った。「あの女はちゃんとそこにいたよ」
彼は起ち上がってドアをあけ、のろのろと不確かな足取りで、船長室へ歩いて行った。
わたしは疑いもなく、船長は明朝までその部屋にとどまることと思った。彼がみずから見たと思った物がどんなものであるとしても、彼のからだは非常な衝動《ショック》を受けたようである。
船長は日毎《ひごと》にだんだんおかしくなってくる。わたしは彼自身が暗示したことが本当のことであり、またその理性が冒《おか》されているのを恐れた。彼が自己の行為に関して、何か良心の呵責《かしゃく》を受けているのであると、わたしは思われない。こんな考えは、高級船員などの間ではありふれた考え方であり、また普通船員のうちにあってもやはり同様であると信じられる。しかし私は、この考え方を主張するに足るべき
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