、われわれ二人ぎりであるのを見て、やっと安心したように、こっちへ来て自分のそばへ坐れと、わたしを手招きした。
「君は見たね」と、この人の性質とはまったく似合わないような、低い畏《おそ》れたような調子で、彼は訊いた。
「いいえ、何も見ませんでした」
 彼の頭は、ふたたびクッションの上に沈んだ。
「いや、いや、望遠鏡を持ってはいなかったろうか」と、彼はつぶやいた。「そんなはずがない。わしに彼女をみせたのは望遠鏡だ。それから愛の眼……あの愛の眼を見せたのだ。ねえ、ドクトル、給仕《スチュワード》を内部へ入れないでくれたまえ。あいつはわしが気が狂ったと思うだろうから。その戸に鍵《かぎ》をかけてくれたまえ。ねえ、君!」
 私は起《た》って、彼の言う通りにした。
 彼は瞑想に呑み込まれたかのように、しばらくの間じっと横になっていたが、やがてまた肘を突いて起き上がって、ブランディをもっとくれと言った。
「君は、思ってはいないのだね、僕が気が狂っているとは……」
 私がブランディの壜《びん》を裏戸棚にしまっていると、彼がこう訊いた。
「さあ、男同士だ。きっぱりと言ってくれ。君はわしが気が狂っていると思う
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