春、船長が再びその事務所へ戻って来た時には、彼の横頸には皺《しわ》だらけの傷が出来ていた。彼はいつもこれを襟巻で隠そう隠そうと努めていた。彼は戦争に従事していたのであろうというミルンの推測が、果たして真実なりや否やということは、私にも断言出来ないが、いずれにもせよ、これは確かに不思議なる暗合といわなければならなかった。
 風は東寄りの方向に吹きまわしてはいるが、依然ほんの微風である。思うに、氷はきのうよりも密なるべし。見渡すかぎり白《はく》皚皚《がいがい》、まれに見る氷の裂け目か、氷丘の黒い影のほかには、一点のさえぎるものなき一大氷原である。遙か南方に碧《あお》い海の狭い通路がみえる。それがわれわれの逃がれ出ることの出来る唯一《ゆいいつ》の道であるが、それさえ日毎《ひごと》に結氷しつつあるのである。
 船長はみずから重大な責任を感じている。聞けば、馬鈴薯のタンクはもう終わりとなり、ビスケットさえ不足を告げているそうである。しかし船長は相変わらず無感覚な顔をして、望遠鏡で地平線を見渡しながら、一日の大部分を檣《マスト》の上の見張り所に暮らしている。彼の態度は非常に変わりやすく、彼はわたし
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