船中、自己の義務を果たすべき条款《じょうかん》に署名した以上、この船にとどまってはいるが、日没後はもう二度と氷の上へはけっして行かないぞ」
 これがすなわち彼の物語で、わたしは出来るかぎり彼の言葉をそのままに記述したのである。
 彼は極力否定しているが、わたしの想像するところでは、彼の見たのは若い熊が後脚《あとあし》で立っていた、その姿に相違あるまい。そんな格好は、熊が何か物に驚いたりした時に、いつもよくやることである。覚束《おぼつか》ない光りの中で、それが人間の形に見えたのであろう。まして既に神経を多少悩ましている人においてをやである。とにかく、それが何であろうとも、こんなことが起こったということは一種の不幸で、それが多数の船員らに非常に不快な、おもしろからぬ結果をもたらしたからである。
 かれらは以前よりも一層むずかしい顔をし、不満の色がいよいよ露骨になって来た。鯡《にしん》猟に行かれないのと、かれらのいわゆる物に憑かれた船にとどめられているのと、この二重の苦情がかれらを駆《か》って無鉄砲な行為をなさしめるかもしれない。船員ちゅうの最年長者であり、また最も着実な、あの魚銛発射手でさ
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