たら……そうさ、船員はみんな命を賭けなければならんと思うよ。もっとも、そんなことは、わしにはたいしたことでもないのだ。なぜと言えば、わしにとってはこの世界よりも、あの世のほうが余計に縁がありそうなのだからね。だが、正直のところ君にはお気の毒だ。わしはこの前われわれと一緒に来たアンガス・タイト老人を連れて来ればよかった。あれならたとい死んでも憎まれはしないからな。ところで、君は……君は、いつか結婚したと言ったっけねえ」
「そうです」と、わたしは時計の鎖についている小盒《ロケット》のバネをぱくりとあけて、フロラの小さい写真を差し出して見せた。
「畜生!」と、彼は椅子から飛びあがって、憤怒の余りに顎鬚《あごひげ》を逆立てて叫んだ。「わしにとって、君の幸福がなんだ。わしの眼の前で、君が恋《れん》れんとしているようなそんな写真の女に、わしがなんの係り合いがあるものか」
彼は怒りのあまりに、今にもわたしを撲《う》ち倒しはしまいかとさえ思った。しかも彼はもう一度|罵《ののし》ったあとに、船長室のドアを荒あらしく突きあけて甲板《デッキ》へ飛び出してしまった。
取り残された私は、彼の途方もない乱暴にいささか驚かされた。彼がわたしに対して礼儀を守らず、また親切でなかったのは、この時がまったく初めてのことであった。私はこの文を書きながらも、船長が非常に興奮して、頭の上をあっちこっちと歩きまわっているのを聞くことが出来る。
わたしはこの船長の人物描写をしてみたいと思うが、わたし自身の心のうちの観念が精《せい》ぜいよく考えて見ても、すでに曖昧糢糊《あいまいもこ》たるものであるから、そんなことを書こうなどというのは烏滸《おこ》がましき業《わざ》だと思う。私はこれまで何遍も、船長の人物を説明すべき鍵《かぎ》を握ったと思ったが、いつも彼はさらに新奇なる性格をあらわして私の結論をくつがえし、わたしを失望させるだけであった。おそらく私以外には、誰しもこんな文句に眼をとめようとする者はないであろう。しかも私は一つの心理学的研究として、このニコラス・クレーグ船長の記録を書き残すつもりである。
およそ人の外部に表われたところは、幾分かその内の精神を示すものである。船長は丈《たけ》高く、均整のよく取れた体格で、色のあさ黒い美丈夫である。そうして、不思議に手足を痙攣的に動かす癖がある。これは神経質のせい
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