たしはかつてこのことを船長に話したところ、彼もまた非常にまじめにこの問題をとったには、私もすくなからず驚かされた。そうして、彼は実際わたしの言ったことについて、著るしく心を掻き乱されたようであった。わたしは、彼が少なくともかかる妄想に対しては超然としているだろうと、当然考えていたからである。
迷信という問題に就いて、かくのごとく論究した結果、わたしは二等運転士のメースン氏がゆうべ幽霊を見たということ――否《いな》、少なくとも彼自身は見たと言っている事実を知った。何ヵ月もの間、言いふるした、熊とか鯨とかいう、いつも変わらぬ極まり文句のあとで、なにか新らしい会話の種があるのは、まったく気分を新たにするものである。メースンは、この船は何かに取り憑《つ》かれているのだから、もし、どこかほかに行くところさえあれば、一日もこの船などにとどまってはいないのだが、と言っている。
実際、あの奴《やっこ》さん、ほんとうに怖気《おじけ》がついているのである。そこで、私は今朝あいつを落ち着かせるために、クロラルと臭素カリを少々|服《の》ませてやった。わたしが彼にむかって、おとといの晩、君は特別の望遠鏡を持っていたのだなと冷やかしてやると、奴さんすっかり憤慨していたようであった。そこで、わたしは彼をなだめるつもりで、出来るだけまじめな顔をして、彼の話すところを聴いてやらなければならなかった。彼はその話をまっこうから事実として、得《とく》とくとして物語ったのであった。
彼の曰《いわ》く――
「僕は夜半直の四点時鐘ごろ(当直《とうちょく》時間は四時間ずつにして、ベルは三十分毎に一つずつ増加して打つのである。よってこれは四点なればあたかも中時間である)船橋《ブリッジ》にいた。夜はまさに真の闇であった。空には何か月の欠けでもあったらしいが、雲がこれを吹きかすめて、遙かの船からははっきりと見ることが出来なかった。あたかもその時、魚銛発射手《もりなげ》のムレアドが船首から船尾へやって来て、右舷船首にあたって奇妙な声がすると報告した。僕は前甲板へ行って、彼と二人で耳をそろえてその声をきくと、ある時は泣き叫ぶ子供のように、またある時は心傷める小娘のようにも聞こえる。僕はこの地方に十七年も来ていたが、いまだかつて海豹《あざらし》が老幼にかかわらず、そんな鳴き声をするのを聞いたためしはない。われわれが船首
前へ
次へ
全29ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ドイル アーサー・コナン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング