しておきましょう。どうにも出来ませんから、――しかしまだ私たちは、彼の女の婦人として受ける、最大の悲しい運命から、救い出すことが出来るかもしれませんからね」
 私たちは全く夢中で、樹の間をうねり曲って、小径をかけ下りた。そして私たちは、建物を取りまいている、灌木の所に出た時、ホームズは一同を引き止めた。
「奴等は家には入らない、そら左の方に足跡がある。これからずっと月桂樹の横の方に、――ああ、云わないこっちゃなかった、――」
 彼がこう云う途端に、女の帛《きぬ》を裂くような悲叫《さけび》! 恐怖のために狂乱してしまった咽喉から絞り出た、血も吐くような女の悲叫《さけび》が、私たちの前方の籔のかげから聞こえて来た。それと共にその悲叫《さけび》は、最も高く絞り上げられたと思う中《うち》に、急に咽喉でも締められたのか、窒息するように止まってしまった。
「こっちです、こっちです! 奴等は玉ころがしの囲の中に居るんです」
 籔を突進して突きぬけながら、この見知らぬ[#「見知らぬ」は底本では「見知らね」]男は叫んだ。
「おい卑怯な犬共め! さあ皆さん来て下さい、来て下さい。ああ遅れました。ああ遅かった、畜生め!」
 私たちはヒョッコリと、大木に囲まれた中の、小さな芝生に出た。その芝生の向う側に、老樫樹のかげに、変な恰好の三人の者の姿を見止めた。その中の一人は、我々の依頼者の若い美しい女性で、口にはハンカチーフを巻きつけられ、全く気絶したように、正体もなく崩れ跼《うずく》まっていた。その向うには、残忍な、いかつい顔をした、赤髭の若い男が、ゲートルを巻いた脚を開いて突っ立ち、片方の肱は腰に曲げ、片方の手には、猟用の鞭を振り上げて、あたかも勝ちほこった馬鹿大将みたいに、意気軒昂としていた。それからその二人の間には、もう年配の、灰色の髭のある男が、スコッチ織の簡単な着物の上に、白い法衣を重ねて、今しも二人の結婚式がすんだばかりと云う様子をしていた。と云うのはその法衣の男は、私たちが現われた時ちょうど、祈祷書をポケットに入れて、その縁喜《えんぎ》でもない花婿の背中を、お芽出度《めでと》うとでも云ったように、ぽんとたたいたところであった。
「彼等は結婚したんだね」
 私は喘ぎながら云った。
「来て下さい!」
 我々の案内者は叫んだ。
「来て下さい!」
 彼は芝生の上を横切って進んだ。ホームズ
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