まだ五分間ばかりそこにじっと立っていました。そしてその顔から受けた印象についていろいろ考えてみました。――私はそれが男だったか女だったか、どうしてもはっきりしないんです。けれどもその色だけははっきり覚えています。それは死人の顔のような、青ざめた黄色でした。そしてその中《うち》に何か人をゾッとさせるようなものを含んでいるのです。私は不思議さのあまりとうとう、その離れ家の新しい住み手がどんな人間か見とどけてやろうと決心しました。そこで私は近づいて行ってノックしますと、すぐ入口の戸は開けられて背の高い痩せこけた不愛憎《ぶあいそう》ないやらしい顔をした女が現れました。
「何か御用ですか」
 と、その女は、北方《ほくぼう》なまりまるだしできいた。
「私は原の向う側に、あなたとお隣同志にに住んでいるものでございますが」
 と、私は自分の家《うち》のほうを指さしながらそう云った。
「ちょうどお越しになっていらしったのを見ましたもので、何かお手伝いでもするようなことがあったらと思いましたもので……」
「いえ、お願いしたい時はこちらから上がります」
 そう云うと彼女は、ピシャッと私の目の前で戸を閉めてしまいました。私はこの無作法な断りかたに腹が立ちましたが、そのまま家《うち》に帰って来ました。――その夜《よ》は一晩中、何か他のことを考えようとしても、私の心はあの窓に現れた女の顔と、それから戸口に出て来たあの女の無作法さとにばかりかえって行くのでした。が私はこんなことについては、妻には何も云うまいと決心しました。なぜなら私の妻はとても神経過敏な女ですから。そして私が幾らそうさせまいと思っても、彼女は私が受けたあの不快な気持と同じものを受けるのに違いないのですから。――けれど私は寝る前に、例の離れ家がふさがったことを彼女に話したところ、彼女は返事もしないのです。
 私は不断からぐっすりと安眠する男で、よくうちで、私はかつがれたって目をさまさないだろうなんて、冗談を云ってるくらいです。ところが、その晩に限ってどうしたわけか、――昼間の例の事件のために少々昂奮していたものかどうか知りませんが、不断のようにぐっすりと寝つかれなかったんです。――うとうとしていると、何かが部屋の中に這入って来たらしいような気が、ぼんやりしました。そして続いて、私の妻が着物を着て、マントをひっかけ、帽子を冠《かぶ》っていることが、だんだんはっきり分って来ました。私はこの時ならぬ時間に妻が外へ出て行くような恰好をしているので驚いて、――と云うより何か叱言《こごと》を云おうとしたのですが、私の口からは何か寝言めいた言葉が出てしまいました。がその次の瞬間、目を細くあけて、蝋燭《ろうそく》の光りで照らされている彼女の顔を見た時、私はハッとして咽喉《のど》がつまってしまいました。私は彼女のそんな顔つきを未《いま》だかつて見たことはありませんでした。――それはどう見ても彼女だとは思えないような顔つきでした。――まるで死人のような真蒼《まっさお》な顔色をして、呼吸《いき》をはずませて、私の目をさまさせはしないだろうかと、マントを着てしまうと、コッソリと私の寝台のはしをうかがうのでした。がやがて、私がグッスリ寝込んでいるものと思いこんで、ソッと音のしないように部屋から滑り出していってしまいました。それからちょっとたってから、鋭い何かが軋《きし》むような音を耳にしました。それは玄関の戸の蝶番《ちょうつがい》の音らしいものでした。――私は寝台の上に起き上がって、自分が本当に目を覚ましているのかどうかを確かめるため、拳固《げんこ》で、寝台のフチをたたいてみました。それから枕もとの時計を手にとりました。暁方《あけがた》の三時でした。――一体、私の妻は、こんな暁方の三時なんて云う時間にこんな田舎道に出かけていって何をしようと云うのでしょう?
 私は廿分間《にじっぷんかん》ばかり、あれやこれやと考えてみて、何か心に思い当ることを見つけようと思って、じっと坐《すわ》っておりました。そしてそれからまだしばらく、一生懸命考えてみましたが、しかし何も思い当ることはありませんでした。――私は全く途方に暮れていました。と、ちょうどその時、ふと私は再び入口の戸が静かに閉められて、階段を上《あが》って来る彼女の足音を耳にしたんです。
「エフィ、一体、まあお前はどこへいって来たんだい?」
 私は彼女が部屋に這入って来ると訊ねました。
 と、彼女はビックリして、何か微かな叫び声のようなものをあげました。その叫び声と驚き方とは、いよいよ私の心の疑いを深めました。なぜならそれらは、そこに何か曰《いわ》くがありそうに思えたからです。――元来私の妻は不断から隠しごとの出来ない明けっ放しな性質の女なんです。それなのにその時に限って彼
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