がみついて、猛烈な力で引き戻しました。
「ねえジャック、お願いだからそんなことしないでちょうだい」
 彼女は叫ぶように云うのでした。
「その代り、いつかはきっと、何もかもみんなお話しするわ。私、誓ってよ。けれども何でもないのよ。――でも、今、この家《うち》の中へ這入って行くと不幸が起きて来るの」
 私は彼女を振り放そうとしましたが、彼女はまるで気違いのように嘆願しながら私に噛《かじ》りつくのでした。
「ねえジャック、私を信じて!」
 と、彼女は叫びました。
「今度だけでいいから、私を信じて。――あとで悲しまなければならないような原因を作っちゃいけないわ。――私、あなたのためでなければ、あなたに何もかくしたりなんかしやしないの。ね、それは分かって下さるでしょう。私たちの命が、これにかけられてあるのよ。けれどあなたが私とこのまま家《うち》へ帰って下されば、すべてはうまく行くの。そうでなくて、もしあなたが無理にこの家《いえ》の中へ這入っていらっしゃれば、もうそれまでなの」
 彼女の熱心さとそして憂わしげな様子とは、私を思いとまらせました。そして私は入口の前に心をきめ兼ねて立っていたのです。
「条件づきでお前の云うことを信じよう。たった一つの条件づきで……」
 やがて私は云いました。
「それはこの不快な事件を、きょうを最後にすると云う条件だ。――お前はお前の秘密をかくしていたいならそれはお前の自由だ。けれどただこれだけは約束しなくちゃいけない。もう二度と夜中によそ[#「よそ」に傍点]へ出て行かないと云うことと、私に知らせないでは何もしないと云うことだけは。――そして、もうこれからこんなことはしないと云うなら、出来ちまったことは忘れてやってもいい」
「たしかに私を信じて下さるわね」
 と、彼女はそう云って、ホッと太い溜息をつきました。
「あなたのお望み通りにするわ。ね、さあ、行きましょう。家《うち》へ帰りましょう」
 彼女はなおも、その離れ家から私を連れ去ろうとして私の袖を引っぱるのでした。やがて少し行ってから私が振り返ってみますと、例の黄色な鉛色の顔が、二階の窓からじっと私たちを見詰めておりました。――一体、あの気味の悪い顔と私の妻との間に、何かのつながりがあるなんて云うことがあるだろうか。否《いな》、きのう私が会った、あの呪わしい粗野な女が、どうして私の妻とつながりをつけ
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